本書は、現在休刊となっているスポーツ雑誌『Sportiva』に2001年から連載されていたコラムをまとめて2009年に発売された単行本を文庫化したものである。単行本発売後に雑誌に掲載されたコラム7本と巻末に大きなオマケが追加されているのに、たったの599円である。これは、単行本所有者にとっても買いの一冊だ。
副題に“USAスポーツ狂騒曲”とあるように、五輪でメダルランキングのトップを争うアメリカのスポーツ界の信じられないエピソードが満載だ。アメリカ在住の映画評論家である著者は宗教、人種差別、絶望的格差などアメリカン・ドリームの裏にある大きなゆがみと異常とも思える事件の関連性をユーモアたっぷりに、かつ簡潔に解説してくれる。“映画とエロスの伝道師”の異名を持つ町山氏だけあって、それぞれのエピソードに関連した映画も多数コラム中で紹介されているので、面白い映画を探している人にもオススメだ。
“強さこそはすべて”と題された第一章で紹介されているカシム・オウマの人生は映画そのもの。というか、実際に『カシム・ザ・ドリーム』というドキュメンタリー映画になっている。ウガンダに生まれたカシムは5歳のとき反政府ゲリラに拉致され、少年兵として友人を処刑させられる地獄を経験することとなる。軍隊生活から抜け出すためにボクシングを始めたカシムはウガンダ代表として遠征した先の米国ワシントンD.C.で代表チームから脱走し、市中のボクシングジムを目指す。英語を話せないカシムが向かう先はジム以外なかったのだ。その後、カシムは世界王者として故郷ウガンダの地を訪れることとなる。絵に描いたようなアメリカン・ドリームだが、カシムは少年時代の闇から抜け出せたわけではなく、そこにはさらなる試練が待っている。
カシムのようなアメリカン・ドリームの陰には敗者の山が積み上げられている。不良高校をバスケットボールで立ち直らせた『コーチ・カーター』こと、ケン・カーターによると、アメリカの全プロスポーツ業界で選手として働く者はたった2400人しかいない。MLBやNBA単体の数字ではない、全てのスポーツの合計で2400人しかいないのだ。それでもアメリカン・ドリームを夢見て、わが子に星一徹のように振舞う親は後を絶たない。万が一の可能性に掛ける以外にどん底生活から抜け出す方法など想像できないからだ。プロ選手になれなかった大多数の星飛雄馬達は、次世代の星一徹となっていく。何とも絶望的なループである。
数少ない栄光を掴んだスーパースター達ですら、ステロイド、ドラッグ、犯罪にまみれていく姿には驚かずにはいられない。しかし、本書で紹介されている内容の全てが絶望で終わるわけではない。そこにはやはり光もあるのだ。アメリカはあきれるほどに広く、目もくらむほどの多様性に満ちている。本書は何とも不思議なそんなアメリカを読み解くヒントを与えてくれる一冊である。
忘れてはならないのが、巻末に付けられた大きなオマケ、浅草キッドの水道橋博士による16Pに渡る解説である。本書の内容と町山氏の半生が巧みに絡み合うこの解説からは、博士の町山氏への愛情がビンビン伝わってくる。これは、博士から町山氏への公開ラブレターである。こんな解説を読まされると、町山ファンはついつい「俺だってこんなに町山さんのこと好きなんだぜ」と言いたくなる。