前田建設・ファンタジー営業部―アニメ、マンガ、ゲームといった空想世界の建造物を、現状の技術・材料で建設するとしたら一体どうなるのか。その実現可能性の検討にはじまり、その工法・工期、工費などを実際にシミュレーションすることを目的とした、ユニークな部署である。
その記念すべき初プロジェクトである「マジンガーZ」の地下格納庫建設など、本書では歴史記念碑的建造物のクフ王ピラミッドから空想世界にある正義の味方の秘密基地、未来の宇宙エレベーター建設まで、人類が思い描いた「夢プロジェクト」をガチで検証。日本を代表するゼネコン三社の本気の「技術力」と「遊び心」がぎっしり詰まった一冊だ。
「マジンガーZ」は1972年に発表された永井豪氏原作の漫画。テレビアニメ化もされ、視聴率30%を超えるヒットとなったばかりか、海外でも放映され、特にスペインでは視聴率80%を記録した。
巨大人型ロボットに人間が搭乗して操縦するという設定は、その後「巨大ロボットアニメ」というジャンルを生み出し、「機動戦士ガンダム」や「新世紀エヴァンゲリオン」など、新しい人気作品が後に続く、まさに金字塔的な作品だ。
オープニングテーマ動画の冒頭でも見られる出撃シーン。兜甲児の「マジーン、ゴーッ」という声と共に、汚水処理場のプールの底が割れて、滝のように流れ落ちる水流からマジンガーZがせり上がってくる。その迫力は圧巻だ。
では、この地下格納庫を実際どのように建築するのか。まずは超合金Zで作られた体重20t、身長18mのマジンガーZを、地下格納庫から地上へスムーズに持ち上げなければならない。その際に落下してくる水の衝撃を考慮すると、リフトはかなりの規模になる。
また、出動する際には汚染処理場の水槽の底(=格納庫の天井)が真ん中で割れて横スライドして開いていくが、その収容スペースも確保しなければならないし、落下してきた水の排水をどうするかなど、検討すべき課題が山積した。
ここからがゼネコン屋の腕の見せどころ。『魔人全書―マジンガー・バイブル』を手がかりに、格納庫の建築現場を富士山麓北側青木ヶ原樹海付近と定める。社内の富士山近辺での施工例の中から「富士山シールド」での地質データにあたったところ、かなり硬い地盤だと判明。「土木設計部」とともに同様の地盤での過去の大規模掘削例を検証した上で、”ロックボルト”と”吹き付けコンクリート”を用いた工法を取ることとなった。
格納庫の屋根の開閉装置については同社の「機械グループ」の協力を得ることに。汚水処理水槽の底で300t近い水圧がかかる中、スムースに稼働する開閉装置を作るにはどうするか―ここでは、1000t近い水圧がかかる水門を確実に稼働させた、富山県宇奈月ダム施工の実績がモノを言う。特注のジャッキでおよそ12億円かかると弾き出された。
その他、巨大なマジンガーZを高速でせり上げる大規模高速昇降装置、マジンガーZが戻り天井が閉まった後ポンプアップして上の水槽に水を戻す排水施設など、施設の各機能の実現方法と工法の細部を詰めていった結果、工事費総計が以下のようにはじき出された。
[1]本体土木工事: 1074百万円
[2]機械設備: 4300百万円
[3]汚水処理場: 1800百万円
工事費総計: ([1]+[2]+[3] )=71億7400万円
工事完了・汚水処理上の完全稼働に要する期間: 6年5ヶ月
(※機械獣の襲撃期間を除く)
その後も「ファンタジー営業部」の快進撃は続く。
– 銀河超特急999号発着用高架橋 (37億1800万円・工期3年3ヶ月)
– サンダーバード・トレーシーアイランド建設 (4496億3671万6000円)
– ドミノ・ピザ月面店出店計画 (1兆6700億円)
と、ドリーム・プロジェクトの妄想、もとい構想は次々と膨らんでいく。こうなると、読み手の金銭感覚は鈍り、現実と幻想の境界も霞んでくるというもの。まかり間違って一山当たれば、銀河鉄道の駅の一つくらい建ててメーテルに会いに行けそうな気もしてくるし、そのコスト構造から彼の地では1枚「2億円」するというドミノ・ピザだが、月面で出前が取れる時代もやがて到来するのでは、という期待も膨らむというもの。
対する競合ゼネコンも、企画力・技術力ともに引けを取らない。東京スカイツリーを施工した大林組は、「仁徳天皇陵」・「地底黄金郷」建設という、過去・未来の国家プロジェクト検証に取り組む。
本文からは、総人口100万~200万と言われる古代日本にとって、クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵を遥かに凌ぐ世界一の陵墓建設は、まさに国家の威信をかけたプロジェクトであったことがうかがえる。また、2013年よりメタンハイドレート掘削試験も開始され、将来的に海底コンビナート・工場の「大陸棚進出」を果たせれば、日本のエネルギー問題を解決し次の時代を切り開く、世界初の革新的な試みであるという記述にもうなずける。
清水建設は、月面基地や宇宙ホテル建設計画、月太陽発電ルナリングなど、宇宙ビジネス構想に挑む。ロマンなくして実現なし。巨額の国家予算がかかる宇宙開発への賛否があることは認めるものの、本書を読むにつけ、やはり私は人類の叡智を信じ、我が国のものづくりにエールを送らずにはいられない。
—–
「マジンガーZ」プロジェクトをもっとじっくり楽しみたい方は、こちらの単行本で。
地球連邦軍基地ジャブローのお値段は?内藤順のレビューはこちら。
ファンタジーの原点はダムにあり? レビューはこちら。
建築と数学のよもやま話が詰まった楽しい一冊。こぢんまりと建築を楽しみたい方に。よろしければこちらのレビューもどうぞ。