夜更かしと言えば深夜番組と相場が決まっている。中でも「たけしのコマ大数学科」はお気に入りの深夜番組の一つだ。
番組では、ビートたけし・東大生(女子大生)・コマ大(芸人軍団)の3チームが数学の問題に取り組む。そのアプローチは三者三様だ。本書の対談者の一人で同番組の講師を務める竹内氏に言わせれば、コマ大チームは体育会系の実験型。体を張って問題を解いてゆく。コンピューター・シミュレーションと同じことを人間でやってしまおうという趣向だ。
かたや映画監督としても才能豊かなビートたけしはセンスも映像的。幾何学問題を直感的に、ほとんど計算なしで解いてしまうこともしばしばだ。そして、東大生チームは計算問題など解析的アプローチを得意としている。
「コマ大数学科」のアプローチの違いは、建築と数学の違いに通じるものがある。前者は幾何学型で後者は解析型。一口に「分かる」といっても、両者が思い描くものは図形と数式といったようにかけ離れていることもある。本書では、数学畑・科学作家の竹内薫と建築家の藤本壮介の対談を通し、そうした数学と建築の視点の違いを垣間見せてくれる。
建築にとって空間認識は重要だ。設計時、建築家は平面図を見た瞬間に大体の空間をイメージできるという。建築家は建物の外観だけでなく中身も設計しているが、そこで活躍するのが模型だ。アイディアが固まってきた段階で、1/100、1/20の模型を作る。1/20の模型ともなれば、実際に中を覗けるほどの大きさになる。見たいところで模型を切ってそこからまた覗いてみたり、日の光を当てて晴れの日の見え方を確認したりと、ここでは身体感覚が重要になってくる。
建築家は小さな模型に「入り込んで」自分が小さくなった状態で見る訓練を積んでいるため、模型があれば「中から覗く」ことも出来るし、模型と実物の大きさの縮尺を自由に行ったり来たり出来る。このように、建築家は特殊な身体感覚と創造力を持ち合わせた、いわば3次元のエキスパートだ。
他方、数学では3次元を超える多次元の問題を扱うこともある。ある数学者は7次元の世界が見えるというが、その見え方は絶対に他人へは伝えられないという。また、世界的に有名な物理学者・数学者で、かのホーキング博士の論文を審査したというロジャー・ペンローズは、数式を必ず絵にしてしまい、自著の挿絵もすべて自分で描く。
彼の絵は独特だ。たとえば7次元そのものは、そのままでは絵にならないので重要ではない次元を消して一種の投影をする。3次元の物体に光を当てると2次元平面に投影される要領で、7次元の物体を3次元に投影していく。しかも重要ではない次元がない場合には消せないため、投影する方向を変え複数の投影を行う。3次元の建物を平面図と2つの立面図にする要領だ。
建築家の視点は分からなくもないが、正直なところ数学者の話は私にはいまひとつピンと来ない。自分が分からないのみならず、人に伝えられなかったり、重要かどうかで次元を消してしまったり、そんなことで7次元が分かったことになるのか。煙に巻かれたような気がしてその点も納得がいかない。
今まで自分は分析的な人間かと思っていたが、感覚的・身体的な理解のほうがしっくり来るところを見ると、案外、私の脳は「コマ大型」なのかもしれない。
自分にとって納得できるかは別にして、本書では日常生活では経験できない新たな視点が得られるので新鮮だ。2次元生物は、構造上食事が出来ないので存在は不可能。3次元の人間の体、口から腸に至る道は医学的・数学的には体の”外”。実物より100倍の大きさのアリが存在しうるか、自分の体重の20倍のものを引っ張るというカブトムシは力持ちと言えるのかを「スケーリング」の概念で解き明かす。
カーボンナノチューブの引張強度が鋼鉄の180倍あれば「宇宙エレベーター」も実現可能となる。月までの距離40万kmの4分の1、10万kmの高さまではエレベーターで行ける時代がやってくると考えるとワクワクする。
幾何学型や解析型の脳をお持ちの天才・秀才肌の方のみならず、コマ大脳の私でも十分楽しめた一冊。皆様も安心して本書を手にとっていただければと思う。
—————
日本の興亡の鍵を握るのは科学力だ!今一度、わが国の科学力を世界に君臨する二大科学誌「ネイチャー」「サイエンス」から問い直す。
不可能を可能にした科学者の独創性とは? 現代日本のトップレベルの科学者11人を取材し、「ブレイクスルーの法則」を解き明かす。
新進気鋭の建築家・藤本壮介の初の作品集。その斬新な思考プロセスをイメージ化したのが本書。
著者の建築雑誌への寄稿集。瑞々しい感性・切り口は、建築の分野のみならず皆の創造力を駆り立てる。