ハマザキカクの著者の実に9割以上の方々が、私が編集者として処女作を世に送り出しています。類書、先行書がない前代未聞の究極本を作ることに編集者として、最大のやりがいを感じている私は、まだ無名の方がライフワークとして人知れず、陰でひっそりと勤しんでいる珍研究・珍コレクションを探し当てては、それを本にしています。
本を書く事となるとは思ってもみなかった人にお願いするので、あまりに奇想天外な質問を受ける事もあれば、基礎的な事を一から説明しなければいけない事も少なくありません。そこで今回のハマザキ書クでは、私が本を書いた事がない人に最初の打ち合わせで必ずお伝えしている、「やってはいけない事」、「やるべき事」を列挙したいと思います。またこれから新しく出会う著者の皆様にもこの記事を読んで貰えれば話が早いですし、他の出版社の編集者と一緒にデビュー作を書く事となる新人著者の皆様も参考にして頂ければ幸いです。
●自分の事は書かない
『○○(テーマ)と私』の様な、ほとんど自伝みたいになってしまう人がいます。随所に本の内容とは関係のない「私が生まれ育った田園調布では~」とか「ニューヨークの国連に勤める私の兄は~」など、自慢話とも受け取れる様な、私事を盛り込んでしまう人もいます。こうした本の主題とは無関係なプライベートな話は読者にとっては興ざめです。有名人が有名人としての体験談やエッセイを語る事を求められていない限り、自分の事を書くのは抑制的であるべきと考えています。雑誌や新聞の世界でも署名記事と無署名記事の明確な違いがあります。企画のネタ勝負の単行本の場合、極力、主観や主体を臭わせない文体が理想です。ただし前書きや後書きでは思う存分、自分の考えや個人的な謝辞など書いて構いません。
●時事ネタを書かない
タイムリーな話題を単行本に盛り込んでしまうと、本に賞味期限が発生してしまいます。これは避けた方が賢明です。例えば「リビア内戦はカダフィのトリポリ逃亡により混迷を深めている」とか「夫の覚醒剤使用による逮捕でノリピーが行方不明で可愛そう」「アザラシのタマちゃんが……」といった、その後の顛末が明らかになってしまっている出来事の途中経過を本に書いてしまうと、読者としては「いや、その後、カダフィは捕獲されて、殺されているんだけど」とか「ノリピー自身が覚醒剤をやっていて逃亡してたんだよ」と突っ込みを入れたくなってしまいます。こうなるとその本自体が一挙に時代性を感じさせたものになってしまいます。書店員は毎日、本棚から古臭くなって売れそうにもない本を出版社に返品する作業に追われており、この様に明らかに一昔前の時代の話だなと思われる内容が記載されてある本は、返品ターゲットの筆頭候補です。従って時代性を感じさせない、いつ読んでも不自然ではない普遍的な語り口の文体が好ましいです。特にフロー的な速報はますますネットで瞬時に全世界を駆け巡る時代ですので、これからの書籍はその真逆のストック的・アーカイヴ的な、いつの時代に読んでも楽しめる内容の役割が求められていると考えています。
●企画は他言してはならない
本を出せるとなって浮かれてしまって、色々なところで吹聴して回っていく人がいます。これは編集者や出版社としては非常に困ります。まず企画を他社に盗まれてしまう危険性が出てきます。企画物の場合、他社に出し抜かれてしまえば終わりです。ましてや社会評論社の様な比較的小規模の出版社の場合、企画のネタだけで勝負していると言っても過言ではなく、大手出版社には部数や人員などでとても敵いません。そして実際、進めていた企画と明らかに同じ主旨の本が他社から出版されてしまった事があります。従って本が出るまでは本を制作している事は一切秘密にする事をお願いしています。
また別の理由として実際本が出なかった時に、著者が精神的に被るダメージも大きいというのもあります。必ずしも全ての企画が実際刊行されているという訳ではなく、残念ながら途中で何らかの事情で中止・打ち切りに追い込まれる企画もあります。そして「俺は本を出すんだぜ」と、言いふらして回っていると、周りから「そういえばあの出すって言ってた本、どうなったの?」と聞かれる度に辛い思いをします。本は出るまで何が起きるか分かりません。そして今までの経験上、特に舞い上がって出版社からの依頼があった事を言いふらしてしまった人ほど、挫折率が高い様な気もします。本はいきなり何の前触れもなしに出すのが格好いいのです。
●メールの返事はお互い急がない
単行本の制作は超長期戦です。場合によっては数年以上かかる事もあります。最初に盛り上がり過ぎると、その反動で急に熱が冷めてトーンダウン・ペースダウンという事が起きやすいです。持久戦を耐え抜くには忍耐強く、熱しすぎず冷静に、継続的に作業を進める必要があります。企画開始直後に極度に盛り上がり過ぎると、その後のスタミナが持ちません。これはある程度、意識的に間隔を開けながら連絡を取る事によって防ぐ事ができます。
また単行本の場合、一つの指針を掲げて、その規則性の元、調査執筆をする事が多いのですが、最初の方針が間違っていると、無駄な作業をやり続けてしまう事が発生します。何をするにしても慎重に熟慮した上で進める必要があります。その結論に至るまでには類書や関連書を調べたりする必要があり、相当程度時間がかかり、即答できない事も多いので、私は著者の皆さんとお互いのメールの返事は一週間ぐらい間を置かせても構わないという紳士協定を結んでいます。また特にお互いの意見が対立している時は、感情の赴くまま過激なメールを送ってしまいがちですが、一晩、二晩、一週間寝かせてみると、自分の方が間違っていたと気が付かされる事も多いので、瞬時に返事を打つより、意識的に間隔を置く事によって得られるメリットの方が大きい事もあります。これは批判を覚悟で記しますが、世の中では「素早いレスポンス=仕事ができる」と思われていますが、特に出版の場合、慎重さの方が大事だと個人的には考えています。
●打ち合わせはしない
ドラマや映画、漫画のイメージからか著者がしょっちゅう編集部に入り浸って、会議室で延々と編集者と侃々諤々の議論を戦わせるという様なイメージを抱く人がたまにいるみたいなのですが、そこまでする必要はありません。一般の企業でも会議を開く事自体が目的になってしまっている例がよくありますが、お互いの意見を調整して、納得の行く結論を見出す事が本来の目的です。その目的がメールで達する事ができるのであれば、それに超した事はありません。また「膝をつき合わせた緊密な人間関係」が大事と指導教官か他の著者から聞かされているのか、度々ノーアポで社に訪れてきて、会いたがる著者がいます。毎日スケジュールが詰まっている編集者の場合、一度会えば数時間は拘束される打ち合わせは大きな負担。極力、結論をメールでお願いします。なぜその様な結論に至ったかの思考プロセスは長文でも構いません。今まで私が一緒にお仕事をした著者の中には海外や地方にいて、顔合わせすらできなかった人もいますが、それでも出版はできています。度重なる打ち合わせをしないでも本は出せるという事を証明しています。確かに一度お互いの人となりを知った上で、作業を開始した方が、その後の信頼関係を維持しやすいですが、私の場合は初回の顔合わせの後、次に会うのは完成祝いというのが大半です。
●電話はしない
電話の場合、「言った・言わない」で相互の言い分が異なり、関係がもつれてしまう事があります。しかしメールだと証拠が残ります。また上記にも述べた様に質問に対して即答できない事も多いです。そして外出していたり、別の作業をしている事も多いので、入稿前の緊急時以外、連絡は極力メールが望ましいです。
●構成案を作る
本を書いた事がない人は、本を作るに当たって、手始めにどこから何をどうするのか分からない事が多いのですが、初回の打ち合わせをした後、まず全体の構成案を作って貰っています。本に収録するべき要素を全て洗い出して貰い、それらの要素を集合体にまとめ、各章にグルーピングし、その章に順序を付けると、目次案の原案の様な物ができます。そしてそこから執筆作業開始です。
●毎月送る
私の場合は完成した原稿を最後にポンと貰うという訳ではなく、上記の構成案・目次案を作成して貰った後、1ヶ月本気で書いて貰います。するとその人が1ヶ月で無理なく書ける文字数が大体算出できます。そのスピードを計測した後、毎月、構成案に沿って各章なり各節を必ず定期的に送って貰う事にしています。毎月、締め切りがあるお陰でペースが遅れる事もなく、常に進捗状況を把握できます。また執筆作業は孤独な戦いですが、毎月、私が第一の読者となって感想を寄せることによって著者にとっては励みにもなり、大幅に脱線する事も避けられます。またその間、私の方で読んだ関連書を指摘したり、何か新たな提案をする事によって刺激を与え、モーティべーションを維持する事が可能になります。
●難しいものから取りかかる
韓国には「物事を始めたら半分終わった」という諺があるらしいです。完全主義者系の著者は特に最初の章の、最初の文章を書く前に躓いてしまうみたいです。「この章のオープニングを書くにはこの本を読んでからでないと、そして……」と延々と書き出しが書けないみたいなのです。本は最初から書く必要はなく、本の途中からでも、後書きから書いても構いません。最初はきちんとした文章である必要すらなく、アイデアのメモを箇条書きとして出すだけでも大丈夫です。最初の出だしで膠着状態に陥ると、そこでスランプに填ってしまい、一向に何も進まないという風になりがちです。私のアドバイスとして、初期の段階で本の中の最難関と思われる章を完成させる事を挙げておきます。苦手で負担に感じている部分を早めに攻略すれば、後はその前後を埋め合わせていくだけの様に感じ、早い段階で精神的な解放感、達成感を得やすく、自信に繋がり、全体像や終わりが見えてきて、執筆が捗ります。
●文字数を意識
よく聞かれるのが本一冊につき、何文字書けばいいのかという事です。新書は8万字~12万字、単行本は15万字前後と言われています。私が手がけている本は「大全系」が多く、25万字以上の本が多いです。人によってまちまちですが、1ヶ月に2万字程度書ける人はかなり執筆スピードが速く、おおよそ一年以内に出版を果たしています。執筆し終えた字数を常に把握するのは重要です。Nanmojiというフリーウェアを使うと、選択範囲を右クリックするだけで文字数が分かり、便利です。
http://www.vector.co.jp/soft/win95/util/se357410.html
●執筆期間は一年
「締め切りはいつ?」と聞かれますが、単行本の場合、特に私が編集している本の場合、厳密な締め切りはなく、出来上がった時に出すという感じです。ただしおおよその目処はあって、開始から約一年で書き終えるのが理想です。1年と考える事によって、季節の移り変わりがペースメーカーとなり、スピード感覚を掴めます。逆に1年以上となると切迫感が薄れ、「今週末やろうと思ったけど、来月からでいいや」と後回しにしがちです。ごくまれに数週間とか1ヶ月ぐらいで書かないといけないと最初に思っている方がいますが、時事ネタ本でない限り、執筆期間がそれほど短い事はありません。
●類語辞典を使う
ボキャ貧の著者の場合、同じ形容詞を幾度となく用いてしまう事が多いのですが、読者としては「また同じ表現している」と白けてしまいます。それを回避する為に、極力類語辞典を使ってみて下さい。私のお奨めはジャングルの『類語辞典 シソーラス』です。
●画像を送る時は複数ファイルを1圧縮ファイルにして無料オンラインサーバーを使って送る
大容量の画像ファイルを次から次へと別々のメールに添付して送ってくる人がいますが、その都度別々のメールを開いて、保存先を指定して保存しなければいけません。そうではなく複数の画像ファイルが格納されているフォルダを一つのファイルに圧縮して、Firestorageやデータ便、Gigafileなどのオンラインの無料サーバーにアップロードして頂ければ、一回のやり取りで済みます。
●Wordでデコレーションしても無意味
ごく稀に罫線を付けたり、フォントを変えてみたり、ルビを振ったりとWordで過剰なデコレーションを施した原稿を頂く事がありますが、それがそのまま使える事はなく、一旦シンプルテキストに落とし込んでからレイアウト作業をするので、何もする必要はありません。原稿はWordでも一太郎でもテキストファイルでもメール本文でも何でもいいです。ただし今のところ受け取った事はありませんが、手書き原稿は望ましくありません。
●本ができた後、宣伝する
勝間和代さんや『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 』の山田真哉さん等、ビジネス書系の著者の多くが力説していますが、本は出版されてからが勝負と言ってもいいぐらいです。人文書の著者はシャイで控えめな方が多いですが、極力、Twitterやブログ、Facebook等で出版された後も宣伝して欲しいです。
●印税生活は無理
「本を出版する」=「印税生活」と結びつけてしまう人が極めて稀にいるみたいです。しかし今の時代、それは百パーセント有り得ません。出版社によって詳細は異なりますが、昨今の一般的な契約条件は「本の定価」×「実売部数」×「6~10%(処女作の場合)」の様です。部数は色々調べると分かると思いますが、今は非常に厳しいです。ニッチなテーマの本となると場合によっては1000部未満という事すらあります。処女作の場合、印税率も低いです。上記の式でおおざっぱに計算してみても、本を出しても所得が大きく増える事はない事が分かるかと思います。あまり過大な夢を膨らませない様にして頂ければ幸いです。
以上が、私が初めて本を書く事となる著者の皆様に、一番最初の打ち合わせでお伝えしている事です。ご覧頂ければ分かると思いますが、これは私自身の特徴に依拠したスタイルが占める部分も大きいと思うので、編集者によっては全く逆の手法を用いている人も多いと思います。中には「こんなやり方は間違っている!」と反発心を覚える箇所もあるかと思います。編集者それぞれが編み出した仕事術やポリシーが編集者の数だけ存在すると思います。今回の「ハマザキ書ク」はハマザキカクという、一人の編集者の意見として参考にして頂ければ幸いです。