「なにかを判断するとき、人はどのように考えがちなのか」ということが書かれている本だ。「HONZのケースにたとえるなら」と考えていったら、私自身が、ともすればこの本に書かれているような考え方をしがちだ、ということがよくわかった。原題は“Everything is Obvious – Once You Know the Answer”、適当に意訳するなら、「それは当然のことだ。 - と、人は後になってから言う」といったところだろうか。
著者のダンカン・ワッツさんは、「世界の人々は6人の知り合いを通じて繋がっている」という有名なミルグラムの実験を検討し、「スモールワールドネットワーク」というモデルを作って有名になった人だ。1971年生まれ、まだ40歳そこそこ、もともとはコーネル大の物理学科で、コオロギが何故一緒のタイミングで鳴くのかを研究していた。そこから、コオロギがコーラスする際のネットワークが人のつながりかたと同じなのではと考え、モデルを作り、実験を行い、今ではコロンビア大学の社会学の教授になっている。どうやったらそんなに分野を超えて活躍できるのだろうと思うが、過去に出版された『スモールワールドネットワーク』には、
唯一の明確なプロジェクトに取り組まずにすんだおかげで、ただ単に「できそう」なことよりも、本当にやりたいことは何かについて、我々はじっくりと考えることができた。それが見違えるほどの成果を生むのである。
とか、
回答よりも疑問をとおして考えるプロセスこそが重要であり、後続する仕事に影響を与えるのだ。
という、直球ど真ん中、やっぱりこの人まじめなんだろうなーというコメントが書かれていた。でも、本書の内容を踏まえると、そこから何かのヒントを得てはいけない。というか、参考にするのはよいが、それを参考にしても将来は予測出来ないのだ。
本書の構成は、第一部が “常識” 、第二部が “反常識” となっており、第一部では、ものすごくざっくり言うと、人の思考がいかに適当かということが書かれている。たとえば モナ・リザ という絵が何故有名か、という話では、「この構図は実は…」とか「この描き方は…」という話になるのが普通であるが、実はモナ・リザが世界に知られるようになったのは20世紀に入ってからで、それは盗難事件がきっかけだったそうだ。人は、何かの事実が歴史になると、それに対する説明を後からつけがちだ。この論法の特徴は「後付けの原因説明」になっていることで、例えば、
HONZの内藤順が人気があるのは、内藤順の文章がおもしろいからだ。
といったような考え方である。この文章、今となっては非常に説得力があるが、HONZが始まった時点で内藤順が人気になると思っていた人はどれくらいいるだろうか?そもそも、始まった時点ではメンバーですらなかった。志村けんみたいなもんだ(古い?)。この結果論は「あと知恵バイアス」という心理学的な効果と関係しており、「俺は昔から内藤順はいけると思っていたが、やっぱりそうだった」さらには「そういう運命だったんだね」と発展する。しかし、それは現時点での知識を基に過去を説明したに過ぎず、それだけが本当の原因ではない場合が多いのだ。特に「偶然」の要素が読みづらい。東さんも朝会のエントリーでたまに書いているが、今のHONZの状況自体、私には1年前には想像できなかった。サイトを読んで頂いている皆様も、最初はたまたま見に来た方が多いのではないだろうか?世の中の出来事は複雑に絡み合ってお互いに相互作用していて、確率が低そうなことも、起きてしまえば事実になって、ロールプレイングゲームでイベントをクリアした時のように世界が変わるのだ。そんな相転移は誰も予想できない。もちろん将来の人口のように予測できるものもあるが、基本姿勢として、将来の予測は難しいし、自分がどんなに方策を立てても結果は運次第だし、これが原因だと思っているものは結果論にすぎないことが多い、と思っていたほうがいい、ということだ。複雑系の研究をしてきたワッツ先生らしい意見である。
そう言われても、では、どうしたらいいのだろう?そのあたりの部分が、第二部 “反常識” で論じられる。そのごく一部分を抜き出すなら、たとえばワッツ先生は、開発経済学者ウィリアム・イースタリーが言うところの「探究者」らしい姿勢を勧める。
計画者はあらかじめ答えを知っていると思っている。…探究者はあらかじめ答えを知っているのではないと認めている。…計画者は、解決策を押しつけられるほど外部の人間が十分な知識を持っていると考えている。…探究者は、解決策を見つけられるほどじゅうぶんな知識を持っているのは内部の人間だけであり、ほとんどの解決策は現場に根ざしていなければならないと考えている。
未来の偶発事件に対する準備をしておき、現場で起きていることに素早く対応していくことが大事、という、トヨタの生産手法であるカンバン方式や、ソフトウェアの開発手法であるアジャイル開発にも通じるような考え方が、3年以上の研究成果としてまとめられている。未来を予測する事はできないかもしれないが、本書を読んで、偶然に対する心構えをしておくことは、無駄にはならない。たぶん。
早稲田大学ビジネススクールの恩師 内田和成教授のおすすめの本。専門家がいかに将来の予測を誤るか、ということに関する事例が大変興味深い。2,3挙げると
「蓄音機に、商業的価値は全くない」
トーマス・エジソン 1880年 自分の発明品について、助手のサム・インスルに
「俳優の声を聞きたいと思う人など、いるわけがない」
ハリー・ワーナー(ワーナーブラザーズ社長) 1927年
「世界で、コンピューターの需要は5台くらいだと思う」
トーマス・ワトソン(IBM会長) 1943年
クリさんが本を出したのは、クリさんの文章がおもしろいからだ。まだ読んでないけど、今度持って行くのでサイン下さい!ていうか、理系の本じゃん。。