「緒言」冒頭の一行目は「アメリカの読者にはC・J・Sトンプソン教授(本書の著者)を紹介する必要はあるまい」だ。しかし、ほとんどのアメリカ人はこの人を知らないであろう。「Nature」のデータベースを調べると、つい最近亡くなったという記事があるのだが、そもそもこの「Nature」の記事は1943年8月28日付けである。本書とは関係ないが驚くのは「Nature」が60年前の記事をデジタル化してきちんと公開していることだ。「Nature」の創刊は1869年11月4日だ。イギリス人というのは文物の蒐集に心血を注ぐ国民なのだとつくづく感心する。
ともあれ、本書はトンプソン教授がイギリス王立外科医師会の手術器械コレクションを本にまとめたものだ。「メス」「切断ナイフ」「ノコギリ」「鉗子」など12に分類し、紀元前から19世紀までの手術器械が図版とともに紹介している。ヒポクラテスが使っていたと思われる乳形メス、古代ローマの義足、スイスの湖畔住居で発見された紀元前2700年のノコギリ、16世紀に現れた銃弾を取り出すための鉗子、読みながら思いは古代から近世へと無尽に飛び回る。それもそのはず出版社は時空出版。この出版社からシリーズとして『外科の歴史』と『創傷ドレッシングの歴史』などが出ているのだが、絶版のようだ。歴史に興味を持つ医師、医学に興味を持つ歴史ファン、重度の本マニア、本好きの関西在住の分子生物学者などにとっては見過ごすことはできないであろう。
http://www.nature.com/nature/journal/v152/n3852/abs/152241a0.html