今年も気がつけばもう師走。ムードある電飾のイルミネーションや精緻なCGアニメーションも良いが、素朴な手作りおもちゃも温もりがあって飽きが来ないものだ。Eテレの番組でもおなじみのピタゴラ装置は昔から私の大のお気に入りで、ボールが転がり始めるとついつい見入ってしまう。
本日はちょっと気分を変えて右脳系ブックレビュー。目に楽しく斜め読みでもくつろげる、こちらの本をご紹介したい。
著者の戸田盛和は著名な物理学者。紹介によれば趣味は読書、スケッチ、おもちゃの研究。一級の博識と3つの趣味が交わるところに科学エッセイが紡がれ、独特の世界が広がる。大好きなおもちゃについて、自筆のイラストと科学者らしい考察も交えつつ、智に遊び筆の向くまま語っている。ちなみに、全3巻の表紙イラストも著者の手によるものだ。
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我々にはお馴染みのコマだが、なぜコマは倒れないかという素朴な疑問がある。戸田先生は、簡単な力学の知識を用いて納得の行く答えの道筋を示していく。コマの運動を単純なモデルに置き換え、みそすり運動の原理や向心力と遠心力のつり合いを手書きの図で示し、読み手は次第に物理の世界へと誘われていく。
ただし専門家に言わせるならば、コマの力学を扱うには「角運動量」の概念を使うものらしい。「角運動量保存の法則」を学びたい方はこちらの講義をどうぞ。(動画の講師によると「入試でこれが必要となる大学はほんの一握り」らしいので、こちらはあくまで理系の方や上級者向けの説明ということで。)
かたや文系出身の私には、こちらの動画を用いた説明のほうがしっくりくる。
スピンし続ける浅田真央ちゃん。例えば動画の「58秒~1分1秒」あたり、それまで広げていた両腕を縮めて身体にくっつけるとスピンの角速度はぐんと大きくなる。これも角運動量保存の法則によるものだ。
実は角運動量というのは向きがそろうと加えたり引いたりすることができ、地球規模でも我々の生活に大きな影響を及ぼしている。地球の自転による角運動量と地球のまわりを回っている月の軌道角運動量とが合成し、地球と月からなる体系の全角運動量により、何十億年前の地球は、なんと「約8時間」で一回転していたそうである。これが足し算。
その後、潮汐の摩擦によって地球の自転にブレーキがかかり、一日はだんだん長くなって今のように「24時間」になったのである。これが引き算。そして地球の自転の角運動が小さくなったことに伴い、その分地球を回る月の角運動は大きくなり、結果として月は地球から遠ざかった。先ほどの例で言えば、真央ちゃんが今度は逆に腕を広げて回転速度を緩めた、といった要領だろう。
回転運動の力学では「慣性モーメント」も研究テーマになる。猫の宙返りなども格好の研究材料となるが、ここではその美技を鑑賞するに留めよう。
ちなみに、コマについては岩波新書から同著者の手による『コマの科学』 という本が出版・復刊されている。コマにまつわる回転の力学の世界にどっぷり浸かりたい方には一読をお勧めしたい。
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何もしない?
海外には”Do Nothing”(何もしない)という、変わった名前のおもちゃがある。(本シリーズでは2巻に登場)
ハンドルをくるくる回すと、台木の溝に沿ってすべり板が交互に往復運動を繰り返す。実は、このハンドルの描く軌跡は楕円形になる。二つの点からの距離の和が一定な点の集合が楕円であり、同章ではマクスウェルが若干14歳で発見した卵円形の描画方法についても述べられている。
一般にマクスウェルは電磁気学の法則を完成させ、気体分子理論を高度の数学的理論に高めたなど、抽象的な仕事で有名な理論物理学者として知られているが、実験物理学者としてもすぐれていた側面も紹介している。これを”Do Nothing”の項で紹介しているところが戸田博士流のウィットだ。
締めくくりは、本章から戸田先生のこのお言葉。
今回の表題の”何もしない?”はもちろんDo Nothingの訳であるが、また反語でもある。実用一点張りに研究をしても、それはあまり成功しないであろう。一見役に立たないように見えるものから、後に大いに役に立つものが発展したりする。Do Nothingも眺め方によっていろいろ役立ち、do nothingどころではない。一見役立たないように見えることこそ、よく研究する必要がある。
人間は役に立つことを追い求めてきた。役に立つことはいいことだと思わされてきた。これははたしてよいことだったのだろうか。むしろ人類の文明とは役に立たないことの多いこと、冗長度にある―これは決して新しい見解ではない。昔から文明とはゆとりであるとの見方もあった―。たしかに私たち人類は進路について良く考えなければならない時点に来ているのである。Do Nothingバンザイ、おもちゃバンザイである。
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科学エッセイは、知識の宝庫でもあり、社会風刺あり、文章に味わいあり、個人的には好きなジャンルだ。良いものを読むと、文系・理系も美意識の点で根底に通じるものがあるように感じる。
『おもちゃの科学セレクション』シリーズは全3巻。
他にも古典で言えばファラデー『ロウソクの科学』、『寺田寅彦随筆集』、中谷宇吉郎『雪』、『中谷宇吉郎随筆集』なども私のお気に入り。お近くの図書館でも借りられると思うので、よろしければ、ぜひお手に取って眺めていただきたい。