化粧ポーチ大のペンケースにカラフルなサインペンを詰め込んで持ち歩く女子に、鉛筆・消しゴム・定規に改造を加え新作ゲームを次々開発してしまう男子。懐かしの学生時代を思い返せば、たとえ勉強は嫌いでも皆それぞれ文房具への愛着を抱いていた。
デスクワークはもっぱらノートパソコンでという現在、久しぶりに文房具の手触り感覚を思い出させてくれたのが本書だ。取り上げられているのは計38種の定番文具。その殆どは、どこにでもある・誰にでもなじみのあるアイテムだが、メーカーへの訪問インタビュー記事と美しいフルカラー写真によって、各々の文具に込められた創業以来のこだわりと哲学が、静かにそして雄弁に綴られている。
たとえば鉛筆。本書ではトンボ鉛筆 8900、ステッドラー マルス ルモグラフ、三菱鉛筆 ユニ、ファーバーカステル カステル9000という4つの鉛筆が取り上げられている。名前は知らずとも特徴のある昔ながらのデザインで、写真を見ればどこかで目にした記憶に思い当たるはずだ。
それぞれの鉛筆には、開発当時の伝統が今もなお脈々と受け継がれている。六角軸というフォルム・長さ・HBやBといった硬度の設定など、様々な鉛筆の基準は、1761年創業のファーバーカステルによって作られたという。ちなみに、カステル9000のグリーンのボディは軍服の色から採られた。1905年の誕生当時、専門職業人や上流階級など使い手が限られていた鉛筆を一般にも普及させるべく、軍隊に取り上げてもらおうという狙いによるものだった。
色の特徴と言えば真っ先に思い浮かぶのが三菱鉛筆 ユニだが、実はこちらは後発メーカー。三菱鉛筆ならではのアイデンティティを示す海老茶色は、世界中の鉛筆を可能な限り集め、グリーンやブルーといった寒色系の多い他社では使われていない色を採用した結果だ。1958年にプロ仕様の高級鉛筆として売り出した同製品だったが、ヒットの火付け役は小学生だった。当時、ユニの1ダースケースを筆入れ代わりにすることがステータスシンボルとみなされたという。やはり幼き日の文房具へのこだわりは我が国の伝統なのだ。
カステル同様、ステッドラーもドイツの企業。マルス ルモグラフは1930年に誕生したというから、実に80年のロングセラーというわけだ。製図用鉛筆の精度を極めた同製品が世に送り出されて以来、基本的な製法はずっと守られており、マルス ルモグラフの特徴でもある「やや硬筆な書き味」は今でもしっかりと息づいている。ただ、2003年に芯の強度を上げるためのマイナーチェンジを行ったところ、ヘビーユーザーからは書き味が変わったという問い合わせが、なんと数十件以上にも及んだという。
そういえば、昔の映画などで登場人物が鉛筆の芯を舐めているシーンを目にしたことはないだろうか? かつての鉛筆は長く書いていると色が薄くなってしまい、芯を舐めて湿らせることで濃い書き味を復活させていたのだが、この問題を解消したのが1945年に誕生したトンボ鉛筆 8900の特許技術。具体的には、芯に黒く着色したワックスを含ませて滑らかに、より濃く書けるようになった。
ちなみに、8900型は、製図用鉛筆であった8800型に機能を付加し、写真修正用鉛筆として販売された。今でこそ写真もデジタル化されフォトショップなどのソフトで修正が可能だが、当時は写真館で撮影後、紙焼きしたものに鉛筆で描き込んで陰影をはっきりさせるなど、より綺麗にするということが良く行われていたらしい。
鉛筆だけでこれだけの薀蓄を語れるのもスゴイが、もちろん他にも馴染み深い文具が次々と登場する。一見無造作な作りに見える寺西化学の「マジックインキ大型」。いい加減に切ってあるように見える先端も、あらゆる筆記面にも常に快適に書けるよう計算されて79度の角度になっているというのをご存じだろうか?
幼児教育には欠かすことのできない「ヤマト糊」。幼少期の子供にとって、「指で塗る」という行為は触覚を通して脳に刺激が与えられるためとても大切だ。糊が乾くまでの時間に貼りつけた素材を微調整できるのも、自由な発想を促すにはうってつけと言う。我々の創造力は文具によって育まれたのだ。
もちろん文具は子どもだけのものではない。ポスタルコの「リーガル エンベロープ」 、スマイソンの「パナマノート」、美篶堂の「みすずノート マーブル染め」、プラチナ万年筆 「#3776 ギャザード」など、大人になった今こそ触ってみたい・使ってみたいアイテムとの出会いもある。
取り上げられた文具同様、丁寧なつくりの本書。文具の魅力を余すところなく味わえる一冊だ。
————————
さて、せっかく紹介した文具を使ってみようということで、今回の関連図書は「秋の夜長、今こそ向学心に火をつけろ!」をテーマに取り上げてみたい。
山川の教科書シリーズでは世界史・日本史が巷では定番のようだが、個人的におススメなのはこちら。西洋・日本・中国の哲学の要諦が一読して分かる構成になっており秀逸。実は私の大学時代の専攻も政治哲学。学生時代に出会っておきたかった一冊……。
山川の歴史シリーズでは、むしろこちらの図録を愛用している。見開き構成で年表・図説が良くまとまっており、パラパラとめくるだけでも楽しい。
山川に負けじと、理系教科書シリーズも続々刊行中。高校数学の第1巻・第2巻 に引き続き、満を持して化学の教科書が登場。思わずモル数なぞを計算してみたい衝動に駆られる。アボガドロ定数って、口にしたのも十数年ぶり。どんだけ懐かしい言葉・・・・・・。
平安貴族の衣食住に恋愛・結婚模様、全国歌枕地図に古典作品・文学史のダイジェスト、近現代の貨幣・物価推移の歴史資料などなど、てんこ盛りの情報量とカラー資料。これだけ楽しめて880円(税込)とは、そのコストパフォーマンスの高さに脱帽!