2011年10月5日、アップル社の会長スティーブ・ジョブズが他界した。
ジョブズは自身の死を予測し、伝記作家ウォルターアイザックに生前から「内容に文句を言わないから伝記を作成してほしい」と依頼しており、本書はインタビュー嫌いな著者の唯一の公認本となった。10月24日に世界同時出版されたこの本には、ジョブズの強さ/弱さを含めた生の声が詰まっている。
私は大型ブックセンターを歩き回り、面白い本を探すのが好きだが地図から漢字ドリル、絵本まで目を通す。本屋で探しているお宝発見感覚が好きなのだ。しかしビジネス本コーナーにはあまり関心が無く、目は通すが、どれもいまいちピンとこないのだ。したがって「誰それの名語録」等々、これまでのジョブズ関連本もそこまで惹かれることはなかった。
本書に興味が持てたのは、裏帯にバラク・オバマ、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグなど、アメリカを代表するメンバーから追悼の意を表した言葉が掲載されていたのと、あるキーワードが目に入ったからだ。それは「禅」。
ジョブズの性格とその破天荒な生き方には多数の意見があると思うが、本書では自分らしく生きる事の大切さに気づくことができる。13歳の頃、ジョブズは教会に通っていた。ある日、ジョブズは子供が飢餓で苦しんでいる写真を牧師に見せ、この子をどうにかしたいと質問した。しかし牧師から納得のいく具体案は得られなかった。それまで神はなんでも答えを知っている、とキリストの教えを牧師から聞いていたので、そんな神さまなど信じる気になれないと教会に通わなくなってしまった。以降、彼は宗教論などに惑わされず、あくまでも自分で解決していく行動をとるようになる。
それからジョブズは心を研ぎ澄ませることによって体得する最高の知恵を求め続けた。その方法に精神的鍛錬となる禅を選んだ。本人はその後、永平寺(福井県)に移り、本気で出家しようとまで考えていたが、禅の師匠・知野弘文によって止められたそうだ。ちなみに禅では「師を求めて世界を旅する意思があるなら、すぐ隣にみつかるだろう」という教えがある。以前紹介した禅問答の良書『弓と禅』はジョブズの愛読書でもあった。
ジョブズは幼い頃、養子に出された。そのため「お前の親はスティーブを捨てた」などまわりの友達から虐められたトラウマがあった。そこから自分は特別な存在と強く意識するようになり、また同時に「環境を自ら変えていく」力がついたという。
本書の中で紹介されるジョブズは本当にユニークであり、また社会の既存の価値観ではなく常に自己とむきあって生きている様子が描かれている。わがままで人間臭い。本人は果実食派と称し、かなり大人になるまで風呂に入らなくても「自分からは体臭が出ない」と思い込んでいたらしい。もちろん臭いはキツかった。かけひきも上手で、相手の目をじっと見つめ、怒る/泣くあらゆる方法で相手を説得する。その上、人に対し高圧的な態度をとる。だがその反面、ピクサー創業やiPhone開発など、革命的な偉業の数々をとげていく。
本書を読み進めると「空気を読む」、とか「大多数の意見は重要」とかの価値観がくだらないものに思えてくる。自分の行動は自分で責任を追う。その点で、彼の生き方は本当に潔い。叩かれる場面は何度も出てくる。行動が突出すぎれば、他人からの批判がもちろんあるのだが、すべて自己責任で生きていた。ジョブズはもちろんそんなバッシングは気にしていなかったし、怖れてもいなかった。常に自分と対話している生き方を選んでいる。この内容はジョブズ本人から2年以上の歳月をかけ、50回以上のインタビューを重ねて完成したものだ。彼の壮絶な人生をリアリティをもって伝えており、ジョブズの生き様を疑似体験するにはうってつけの一冊なのだ。
実は前々回から紹介したかったのは、この『鳥の仏教』だった。太極拳とか舞踏を紹介しているうちに新刊で無くなる可能性が。鳥達の声を通じてダルマの本質を知る事ができる。文庫化され500円という破格の値段なので、是非購入してほしい。