読むたびに思う。ピーター・シンガーの論理はシンプルで、それゆえに強力だ。シンガーの論理に異を唱えようとすると、その反論のほうが小手先の屁理屈のように聞こえてしまう場合も少なくない。そして、シンガーの論理は強力であると同時に、そこから帰結する内容が厳しくもある。シンガーの論理を反駁できないならば、またそれを頭で理解したならば、わたしたちは自らの生き方を変えなければならないはずである。
本書は、哲学者ピーター・シンガーの肉食に関する論考を集めたものである。シンガーは、「動物解放論」の代表的論者であり、1970年頃から菜食主義を実践している。そして、後で紹介するように、その論理によって多くの人たちの生き方を実際に変えてきた人物でもある。
そのタイトルどおり、本書はなぜ肉食を控えるべきかを説いている。シンガーによれば、そのおもな理由は3つある。すなわち、(1) 動物への配慮、(2) 気候変動の問題、(3) 自分の健康への配慮である。そのなかでも繰り返し強調されているのが、(1)の理由である。以下では、シンガーの代表作『動物の解放』の議論も踏まえながら、その論点を追ってみよう。
種差別、および工場畜産の現状
すでに触れたように、シンガーの論理はいたってシンプルである。彼が議論の出発点とするのは、「利害に対する平等な配慮」という原則だ。この原則は、「ある行為の倫理的判断を行う際には、その行為によって影響を受けるすべての存在の利害に対して平等に配慮せよ」というものである。AとBがともに利害を有する存在であるならば、A(たとえば白人)の利害だけを考慮して、B(たとえば黒人)の利害を無視することがあってはならない、というわけだ。
さて、鶏や豚や牛といった動物たちも、わたしたちと人間と同じく「感覚をもつ存在(sentient beings)」である。そして彼らは、苦痛を感じたり、自らの生を楽しんだりするという点で、利害を有する存在である。それゆえ、「利害に対する平等な配慮」の原則にしたがえば、感覚をもつ動物たちの利害を無視して、彼らに苦痛や不安を与えるようなことがあってはならない。しかし悲しいかな、食肉を生産するための現代の工場畜産は、動物たちの利害を配慮するものにはなっていない。だからわたしたちは肉食を控えるべきだ、とそうシンガーは考えるのである。
ところで、いまの議論に対しては、「動物の利害など配慮する必要があるのか」という疑問が生じるかもしれない。だがシンガーに言わせれば、そのような疑問は「種差別(speciesism)」を表すものにほかならない。それは、ヒトではないというだけの理由で、ほかの動物たちを不当に扱う態度にほかならない。そして、人種差別や性差別が倫理的に許容されないのと同じように、種差別も倫理的に許容されるものではない。
以上がシンガーの論理である。さて、シンガーの訴えが人びとに強い印象を与えてきたのは、その論理とともに、シンガーが工場畜産のおぞましい状況を告発してきたからであろう。それ以降、状況の一部は改善されつつあるが、しかし他方で、目を覆いたくなるような事実はいまなお存在する。
本書に収録されている論考でも、工場畜産のそうした現状がレポートされている。なかでも、「これが鶏の倫理的な扱い方だろうか?」(ジム・メイソンとの共著、初出2006年)における、「鶏舎入場(警告――読むと気分を害する可能性あり)」と題された節の記述は強烈である。ここで紹介することは控えるが、問題をリアルに感じたい人はぜひ当該箇所に目を通してほしいと思う。
理性にしたがって行動を変える人たち
最後にひとつのウェーブを紹介したい。近年、イギリスのオックスフォード大学などを中心としながら、「効果的な利他主義(effective altruism)」と呼ばれる運動が広がりを見せつつある。
その名のとおり、効果的な利他主義は利他主義である。それは、他者(動物を含む)のためになることを実践しようとする。しかし同時に、効果的な利他主義は「効果的」であることを強調する。たとえば、貧しい人たちに対して寄付行為をするとしても、ただそうするのではなく、どのような方法によって最大の効果が得られるのかを検討する。
さらに、もうひとつ目を惹く特徴として、効果的な利他主義を実践する人たちはreason(理性、根拠)にしたがって行動する。寄付をしたり、肉食を控えたりするとき、彼らは貧しい人や動物に感情移入してそうするのではない。そうではなく、「富める者は貧しい者に援助をする必要がある」、「人間以外の動物にも無用な苦痛を与えてはならない」と頭で理解して、それを行動に移しているのである。
そして、そのような人びとに最も大きな影響を与えてきたのが、ほかならぬピーター・シンガーである。冒頭で述べたように、シンガーの論理から帰結する内容はとにかく厳しい。ただ、そうであるにもかかわらず、その論理の説得力に導かれて自らの行動を変えていった人たちがいる。わたしのような人間にとっては、その事実に驚くとともに、彼らの強さに感服せざるをえない。
スティーブン・ピンカーは、世界はよりよくなっていると指摘した。そして、世界をよりよくする力のひとつとして、シンガーのいう「理性のエスカレーター」を挙げた。それほど遠くない未来、わたしたちはよりたくましい理性を働かせて、道徳的配慮の輪のなかに動物をも含めているだろうか。シンガーの本を読むたびに、そんな未来を想像させられもする。
動物解放論の嚆矢となったシンガーの代表作のひとつ。「利害に対する平等な配慮」については第1章を参照。
効果的な利他主義についてはこの2冊で学べる。こちらのレビューも参照。
動物倫理学について学べるテキストしてはこちらがおすすめ。