地球と生命が「共進化」する壮大な歴史を見よ! 『超圧縮地球生物全史』

2023年4月9日 印刷向け表示
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作者: ヘンリー・ジー
出版社: ダイヤモンド社
発売日: 2022/8/31
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地球は今から46億年前に誕生したが、生命はそのうち後半80%もの長い時間に存在している。また40億年前には海が誕生したので、それ以降で見れば何と後半95%の時間が生物の世界だ。すなわち、地球の歴史は生物の歴史として捉えることはあながち的外れではない。

こうした長い歴史を「超圧縮」したきわめて面白い読み物が出た。本書はこうした地球環境とSDGs(持続可能な開発目標)を考える上で打って付けの啓発書だ。地球上で38億年前に生まれた生命がどのようなプロセスを経て今に至ったかを、極めてエキサイティングに描きだしている。

タイトルにあるように地球生物全史を「超圧縮」したものだが、圧縮するために選んだ題材は、いずれも興味深いものばかりである。著者は進化生物学の専門家で、BBCなどでテレビやラジオ番組を製作してきた科学教育のプロフェッショナルだ。

46億年間の地球の歴史を振り返ると、生物がその時々の地球環境によって大きく影響を受けてきたことが分かる。同時に現代では、生命活動が環境を変えるほどの力をもつようにもなり、人類の持続可能な未来が懸念されている。

ちなみに、評者も『地球の歴史』(中公新書)で46億年の歴史を「超圧縮」してみたが、著者が題材を選んだ選択眼のセンスの良さには大いに脱帽した。以下で具体的に拾ってみよう。

最初の生命は深海で誕生したと考えられているが、38億年前という時期の早さは驚くべきものだ。我々はその末裔だが、全員が38億年の歴史を受け継いでいるとも言える。もし一度でも生命が途切れていれば、評者も読者もここに存在しないからだ。

「生命が火山の奥底に出現したのは、地球が誕生してからわずか6~8億年後のこと。(中略)何兆個もの生き物が大群となり、宇宙からも見えるような構造物、すなわち礁(しょう)をつくりはじめた」(本書23〜24ページ)。

これはシアノバクテリア(藍色細菌)と呼ばれる微細な生物だが、何と現在でも生きている。すなわち、「地球上でもっとも成功した永続的な生命体であり、30億年ものあいだ、誰もが認める世界の支配者として君臨することとなった」(24ページ)。

たとえば、オーストラリア・シャーク湾のハメリンプールに行くと、ストロマトライトと呼ばれる岩石の塊があるが、シアノバクテリアと泥粒で作られた太古の生命が存続している証拠である。

さて、その後の地球生物は、急激な環境変動によって大部分が短い期間に死滅する「大量絶滅」の憂き目に遭った。たとえば、陸上に棲む植物と大型動物、また海洋に棲息する魚類やプランクトンが一斉に絶滅したのだ。

それは今から2億5200万年前、ペルム紀の終わり近くに起きた。「溶岩と有害なガスの煙が温室効果を高め、海を酸性にし、オゾン層をずたずたに引き裂き、紫外線に対する地球のシールドを低下させた」(111ページ)。

こうした大量絶滅はそれまで繁栄していた生物には大きな打撃となったが、そのおかげで新種の生物が棲息できる新しい環境が作られた。つまり、地球史のなかでニッチ(生態的な地位)はたえず変化してきたのである。言い換えれば、大量絶滅によって、生物は進化を続けてきたとも言える(拙著『地学ノススメ』ブルーバックスを参照)。

このように地球生物の歴史には夥しい量のカタストロフィーという「偶然」が作用しており、「再現性」という科学の基本がほとんど成り立たない。

私が専門とする地球科学はサイエンスの一分野ということになっているが、「地球」という唯一無二の実体を扱うため極めて特殊な状況が生じている。そして、ここには「歴史科学」という特徴がある。

そしてホモ・サピエンスの誕生まで途切れることなく続く生命も、歴史の重要な構成要素である。古生代の植物が地表を覆い尽くすようになり、それらを食料とする動物が繁栄すると、生物自体が地球環境を変えるようになる。いわゆる「生物圏」の誕生であり、ここから地球と生命の「共進化」が始まった。

具体例を挙げてみよう。我々は当たり前のように酸素を吸って呼吸するが、大気中の酸素を作り出したのも太古の生物だった。それまでは二酸化炭素ばかりが充満していたが、これを光合成によって大量の酸素へ置き換えた原始生物がいた。

つまり、生命が環境そのものを大きく変化させてきたのも、地球独自の歴史なのである。そして、人類は何億年もかかって蓄積された化石燃料を燃やすことで、大気中の二酸化炭素を増やしてきた。我々は過去の生物以上に地球環境を改変する力を持ってしまったとも言えよう。

地球生物の歴史は手に汗を握るエピソードの連続だった。38億年も続くため、克服しなければならなかった大事件のオンパレードなのだ。

たとえば、子どもと大人の双方に大人気の恐竜は、1個の小惑星衝突から絶滅した。6600万年前の白亜紀末に起きた生物史上最大の天変地異だが、これには伏線がある。

「およそ1億6000万年前のジュラ紀後期、遠く離れた小惑星帯で衝突が起こり、(中略)直径一キロメートル以上、あるいはもっと大きな一〇〇〇個以上の破片の弾倉が生まれた。(中略)それから約一億年後、そのうちの一つが地球に衝突した」(162ページ)。

この事件によって恐竜をはじめとして全生物種の四分の三が絶滅したが、それから三万年も経たぬうちに生命は戻ってきた。「継承者となったのは獣弓類の遠い末裔たちで、(中略)三畳紀以来、影に隠れていたほ乳類が、ついに白日の下に姿をあらわした」(164ページ)。こうして生物はどんな地球環境の激変にもしぶとく適応してきたのである。

評者の専門で言えば、大量絶滅には火山の巨大噴火も一役買っている。「地面が砕かれ、無数の亀裂からにじみ出た溶岩が(中略)厚さ数千メートルの黒い玄武岩で覆いつくした。(中略)それに伴って発生した灰、煙、ガスが、地球上のほぼすべての生き物を死滅させた」(112ページ)。その一方、こうした大変動を生き延びた生物が、次の世界でニッチを取ったのである。

さて、本書の最終章は「未来の歴史」である。「今後数千年のあいだに、ホモ・サピエンスは消滅するだろう。その原因の一つは、長いあいだ未払いになっていた『絶滅の負債』を返済しないといけないから。人類の生息域は地球全体だが、人類は積極的に生息に都合の悪い環境をつくってきた」(266ページ)。

本書を読むと、地球生物は「強靱な生命力」を有してきたことがよく分かる。それと同時に、近未来に必要な「生き方」が我々に突きつけられる。

そして「エピローグ」ではホモ・サピエンスが「第6の絶滅」を早めている懸念が語られる。「人類絶滅の最大の理由は、人口の移り変わりがうまくいかないことだ。

「人類の人口は今世紀中にピークを迎え、その後減少へと転じる。2100年には、現在の人口を下回るだろう。人類の活動によって地球が受けたダメージを回復させるために、さまざまな工夫がなされるだろうが、人類は、あと数千年から数万年以上は生き残れないだろう」(266ページ)。

それでも地球は存続する。太陽系の寿命は約100億年なので、46億年が経過した現代はマラソンで言えばちょうど「折り返し点」に当たる。そして今後10億年ほどで地球上の水は太陽エネルギーによって全て蒸発してしまう(拙著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。

見方を変えれば、我々にはまだ10億年という途方もなく長い年月の余裕があり、生き延びる知恵をもつことができる。こうした「長尺の目」で地球生物を眺める際に、著者が選んだ目から鱗のエピソードは、地球科学者の私にとっても本当に面白いものばかりだ。

本書のもう一つの特徴は、歴史を「圧縮」して提示するため70ページにわたる詳細な注釈が付いている点である。専門用語や概念とともに、詳しく知りたい読者のための文献案内まで用意され、著者がいかにアウトリーチ(啓発・教育活動)に熱心であるかを物語る。

ちなみに、著者は世界的な科学雑誌『ネイチャー』のシニアエディターの経歴もあり分かりやすい解説には定評がある。さらに竹内薫氏による訳文は非常に読みやすく、著者の活き活きとした語りを見事に伝えている。

地球科学には「過去は未来を解く鍵」というキーフレーズがある。直近の政治・経済や個人の主義主張で未来社会を議論するのではなく、地球生物の全史を俯瞰する「長尺の目」が必要なのだ。積み上げられた「事実」に基づいた冷静な判断を下すためにも、地球環境の未来と生命の歴史に興味を持つ多くの読者に奨めたい。

作者: 鎌田浩毅
出版社: 中公新書
発売日: 2019/4/12
作者: 鎌田浩毅
出版社: 講談社
発売日: 2017/2/15
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知っておきたい地球科学: ビッグバンから大地変動まで
作者: 鎌田 浩毅
出版社: 岩波書店
発売日: 2022/11/22
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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