日本でエネルギーがここまで話題になるのは2011年の東日本大震災以来だろうか。ロシアによるウクライナ侵攻に端を発した天然ガス価格高騰、エネルギー価格を中心とするインフレ懸念、カーボンニュートラル取組と、ほぼ毎日のようにエネルギー関連情報がニュースの見出しを飾る日々が続いている。
そうはいっても「そもそもエネルギー問題ってなんぞや」「みな、何を騒いでいるのか」と疑問に思われる人も多いのではないか。馴染み薄いテーマであるからこそ、誰かに分かりやすく解説してもらいたい。そんな願望にうってつけの一冊が昨年末に出版された。
More Energy Less Carbon
現代のエネルギー市場は、相矛盾する命題の同時解決に取り組む難しい局面にある。経済成長のための安定したエネルギー源確保という命題と、気候変動問題に対処するためのエネルギー脱炭素化という命題だ。著者はこれを「More Energy Less Carbon」の同時追求と表現する。
前者だけを進めようとすると温暖化ガス排出量が増えて気候変動に悪影響をあたえるし、後者だけに取り組むと途上国中心に世界経済の基盤となるエネルギーを安定的に供給できない。この二律背反する命題へ取り組んでいるのが現代のエネルギー市場である。
そんな難題の取組中で起こったのが、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発した2022年のエネルギー危機だ。この危機のなか、市場や主要国はどのように対応しようとしているのか、また今日の危機や混乱の本質はどこにあるのか。これら問題を深堀してみよう。
エネルギー業界の地殻変動
ロシアによるウクライナ侵攻後のエネルギー業界では地殻変動がおこっている。ヨーロッパ諸国がロシア産エネルギーの購入を控えたことで、ロシアからヨーロッパに向いていたエネルギーの流れは止まり、数十年と続いてきたサプライチェーンが大幅に変わらざるえなくなっている。
サプライチェーンが変わるだけならまだ対処のしようがあるが、その代替となるエネルギー源をヨーロッパが買いあさるためエネルギー価格は跳ね上がり、燃料・電気代が高騰した。ヨーロッパでは光熱費が従来の倍以上になった家庭も少なくない。
この市場混乱の原因をロシアの暴挙と片付けるのは簡単だが、著者はオックスフォード・エネルギー研究所教授のFinancial Times宛書簡を引用し、ヨーロッパ側の戦略ミスを指摘する。
天然ガスは気体であり、石油のような液体とは違って持ち運びや貯蔵しづらい特性がある。それなのにEU官僚は天然ガスを石油と同様にいつでも調達できるコモディティ商品と見誤ってエネルギー政策・市場改革を進めた。過度にロシア産天然ガスに依存し、調達先の面でも価格フォーミュラの面でも分散・多角化ができていなかった。その隙を突き、武器として天然ガスを政治利用したロシアという構図である。
したたかなアメリカと中国
失策したヨーロッパとは違い、したたかに「More Energy Less Carbon」を実践する国もある。アメリカと中国である。エネルギー危機発生後、アメリカのバイデン政権はそれまでの反石油・ガスの態度を一変させ、石油・ガスによるエネルギー安定供給を重視する発言を繰り返し、したたかに自身の看板政策である気候変動対策を絶妙に修正した。中国は、国際的に孤立したロシアをあからさまには非難も擁護もせず、比較的安価なロシア産エネルギーをしたたかに調達しつづけている。
これら欧州・アメリカ・中国の失敗や動きを他山の石とせず、日本のエネルギー戦略にも生かし、したたかで実践的なエネルギー戦略・計画が必要と著者は説く。エネルギー燃料は戦時下では戦略物資となりうることを忘れてはならない。
エネルギー関連知識の情報ソース
エネルギー問題は分かりづらいと思う人は多いだろう。経済、産業構造、エネルギー科学、政治、資源開発、インフラ、物流、ファイナンスと様々な分野が複合的に絡み合う業界だからだ。その複雑性から逃げる口実か、「エネルギーは話題にならない方が格好いい」とこれまで日本では思われてきたきらいがある。国際情勢に応じて市場が大きく動き人々の実生活に直結する重要な業界だが、「縁の下の力持ち」をうたう電力・ガス会社も多い。
果たしてこのままでいいのだろうか。「資源を持たざる国」である日本はエネルギーリテラシーをもっと高めるべきと著者は筆をとり続ける。ときに著者の経験談など小話をちりばめながら話を展開する本書は、さながら大学の人気講座を聴いてるかのようだ。この情報の質で税込1,760円は安すぎるかもしれない。
著者の視点は、英Financial Times誌や米Bloomberg誌などの欧米メディアやエネルギー専門誌などと遜色ない。日本のメディアでは、ことエネルギー問題になると、陰謀論から実務に沿わない机上の空論まで、的を射ない議論が少なくない中、バランスがとれ、なおかつ実務に根差した議論を展開する。実務経験者ゆえの、机上の空論にとどまらない現実的な解説が著者の強みである。情報過多の世のなかで、真っ当なエネルギー情報をえる上で著者の本は信頼できる情報ソースの代表格である。
同じ著者による石油・ガス入門編だ。成毛眞の書評はこちら。