高野秀行さんの著作を最初に読んだのは30年以上前のことだ。『幻の怪獣・ムベンベを追え』という怪しげな本を書店で見つけ、この「早稲田大学探検部」という命知らずの若者たちに熱狂し周囲の人に勧めまくった記憶がある。
しかしその本が出てから著者の行方は杳として知れず、記憶も薄れたころ(正確には9年後だ)これまた書店で高野さんの著作『ビルマ・アヘン王国潜入記』を見つけた。そのの驚きといったら! 「生きてたのか」という喜びに、その日の内に読了してしまった。
確かその本に対する書評で、著者はもう一冊、アマゾンのガイドブックを出していると知り(のちに『巨流アマゾンを遡れ』という名で文庫化)それもすぐ手に入れた。
コンゴで怪獣を探していた人が、アマゾン下りをしたあとに、ビルマの辺境でアヘン中毒になっているのか。いったいどこで何をしている奇人なんだろう。
私以外でも出版業界には面白がる人がいて「高野秀行再発見」が起こり現在に至る。その混沌と放浪の最初の10年に行った語学習得術が本書に詳しく語られている。
語学は才能で、耳の良い人が早く上達するのだというのが定説だ。だが、高野さんは先に目的があり、それを手に入れるためには語学が必要だから習得するという切羽詰まった事情がある。
コンゴに怪獣ムベンベを探すため、隊長である著者が身に着けたのは、公用語であるフランス語、現地の言葉のリンガラ語、そして部族語のボミタバ語の三種類。
結局、怪獣発見は夢と終わるのだが、夢の続きはまだ終わらない。フランス語を覚えた流れでイタリア語、そして南米に興味をもったことでスペイン語と覚えていくのだが、このスペイン語のとっつきやすさに魅了される。
いままでさんざん苦労した勉強がすいすい進み、気が付けばコロンビア南部にあるという幻覚剤を調べに南米に飛んでいた。そうか、その結果がアマゾンのガイドブックであったのか、と初めて知る。
7年かけて大学を卒業後、今度はタイに目覚めた。タイ語を学び現地で日本語教師となることが決まったのだ。当時、タイは空前の日本漫画ブーム。これを使わない手はないと教材にしたところ大盛り上がりになったというから、本当に人生はわからない。
このままいけば、タイの日本語学校で大儲けできたかもしれないのに、ビルマとの国境近くのアヘン地帯入るため、ビルマのシャン族の言葉を習い始めた。
だがそんな奥地に簡単に入れるわけもなく、仕方なく始めた中国語で、さらに語学欲の扉が開かれるのだから、出会いの偶然は、のちに必然だったとわかる。『ビルマ・アヘン王国潜入記』はその強烈な体験談である。
これらの語学学習がその後20年に渡る高野さんのノンフィクション作品の原点だ。語学を習いたいと漠然と思っている人は、この本を読んでほしい。
まずは目的を持つ。言葉は道具なのだから、おのずとついてくるだろう。まあ、高野さんのようにはなかなかいかないと思うが。(ミステリマガジン 2023/1月号)
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