著者は現代美術作家の杉本博司。ロサンゼルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学び、その後ニューヨークに移住し今も第一線で制作を続ける。代名詞である「海景」「劇場」「建築」シリーズは、メトロポリタン美術館をはじめ世界有数の美術館に収蔵されている。
経済学科出身ということもあり、エッセイの中には資本と欲望についての考察がある。マルクスの『資本論』の冒頭には「資本主義的生産様式の社会の富は、商品の集積として現れる」とある。また「人間の欲望をみたす使用価値と、他のものとの交換比率であらわされる交換価値をもつ」ともある。つまり欲望の交換が、今の資本主義構造の根幹となっているということだ。
いっぽうマンハッタン島は、1626年にオランダ西インド会社総督ピーター・ミヌイットが、インディアンとの交渉によって物品と交換したという記録がある。交換された品物は布地、やかん、ビーズ、短剣など。そこはニューアムステルダムと名付けられ、今でいうウォール街は人口300人ほどだった。1664年の英蘭戦争後、統治権はイギリスに移りニューヨークと呼ばれる。20世紀になると、たった1マイル四方の島に世界中の資本が集積した。
ここに著者は『方丈記』を著した鴨長明に目をむける。長明は名門と言える下鴨神社の社司の子として生まれた。そして琴の名手でもあり、ある日に門外不出の秘曲を一度で記憶し、それを演奏してしまう。そのため長明は追放されてしまった。しかし長明にとっては方丈(四畳半)の広さと仮小屋さえあればよく、財産があれば盗賊の難に遭うし、官禄があれば人がその地位を狙う、という態度だった。著者の美の観点には「もののあわれ」があるが、長明の「何に付けてか執を留めん」という潔さに共感したのだろう。
各章ごとに原始の生活様式や仏像、さらに天皇の写真が掲載される。どういうことか?と、疑問がでてくるが、根底にある明確なコンセプト「私の中では最も古いものが、最も新しいものに変わるのだ」を理解すると、その作品はさらなる輝きを放ち始める。
ちなみにインディアンから土地を購入した話でいうと、トルストイの『人にはどれだけの土地がいるか』がある。インディアンと土地を交換する約束をした男は、「日没までに欲しい土地に杭をうち、その範囲がお前のものだ」と言われ、結局日没まで走り続けた結果、絶命したという話だ。彼にとって必要な土地は墓穴のみであった。
さらに著者は古美術品のコレクターでもある。ニューヨークに移り住んだ直後、初期の制作はグッゲンハイムの奨学金やNEAのグラントをもらっていた。ただ結婚し1歳の子の育児は忙しく、妻は生活のため骨董屋を始める。そこで著者は買い付けに行くことになった。
伊万里と鍋島の違いも知らないような素人が、そば猪口や印判の皿、久留米絣や筒描、廃仏毀釈で川に流されたとおぼしいズルズルになった仏像など、変なものを含めて買い集めた
そんな中ジャパン・ソサイエティで日本のトップレベルである古民芸の展示会で円空仏に出会う。その時、自分の買ってきたものとの差に啞然とした。それから年に4度は日本に戻り神社仏閣をめぐり、東寺の弘法市に出入りした。骨董業者と顔なじみになり、目利きの腕を磨いていく。そして夜は自分の写真、昼は古美術生活という二重生活を送ることとなった。
たしかに2020年7月から翌年1月まで森美術館にて開催された「STARS展」でも古美術の風格は表れていた。本物の写真は、骨董の時間と未来への想念とが渾然一体となっていたのだ。時間に耐えるものと職人的技術が融合していたのだ。
作家と並行して営んでいたニューヨークでの古美術商は、日本の「さざれ石が巌となって、苔のむすまでの時間」を捉えていた。
これまで写真という道具で自らの美学を追求し続けてきた作家が、当時の『和楽』編集長に誘われ毎月10ページの連載をしたのがきっかけだそうだ。その後シリーズは何冊も発表されたが、本書はみずみずしい好奇心がひときわ文章に表れている。