それやったら、ここで作ったさば缶を宇宙に飛ばせるんちゃう?
宇宙食、つくれるんちゃう?
小浜水産高校、失礼ながら地方の底辺職業高校だった、の生徒がつぶやいたひと言だ。それが17年間の歳月を経て実現した。こう書いているだけで、本の内容を思い出しながら涙がにじんできてしまう。
主人公は、福井県立小浜水産高校「浜水」-後に高校再編に伴って若狭高校海洋科学科になる-の生徒たち、そして、長きにわたって生徒たちを導き続けた東京水産大学出身の教師・小坂康之である。2001年、意気揚々と赴任した小坂は愕然とする。ほとんどの生徒に勉学の意欲がない。それどころか、やる気のない教師もたくさんいた。
さば缶は浜水・食品工業科の象徴のような存在で、平成の初めくらいまでは年間1万缶ほども生産されていた。ただし、美味しいけれど、その製造手法は時代遅れというおおきな問題があった。そんな状況で小坂は、NASAが米国陸軍などと協力して開発した食の安全管理システム「HACCP」(ハサップと読む)を導入することを計画する。その見積もりをとったところ、なんと1億円もかかるという。絶望的な金額だが、創意と工夫で問題点を克服し、2003年にHACCPの獲得に成功する。
その時、ひとりの生徒がふともらしたのが冒頭の言葉だ。もちろん単なる思いつきにすぎない。その時歴史が動いた。その言葉が小坂に火をつけたのだ。というわけではない。そりゃそうだろう。まさかできるとは思わない。とはいえ、その言葉が小坂の頭から離れることはなかった。浜水のような教育困難校に興味を持ってもらえるだろうかと心配しながらも、小坂がJAXA(宇宙航空研究開発機構)の門をたたく。2007年のことだった。
若狭の鯖街道を宇宙まで続けてほしい。
小坂の願いが聞き入れられ、JAXAから浜水に派遣された女性担当者が、講演の最後に贈ったエールがこれだ。「鯖街道」といっても近畿圏以外の人には馴染みが薄いだろうか。昔、日本海側の若狭・小浜から京都へ海産物が運ばれた街道のことで、荷物に鯖がとりわけ多かったことからこう呼ばれている。なんと素晴らしいエールなんだろう。この本、小坂だけではなく、登場する人たちの熱意が尋常ではない。
JAXAの有人宇宙技術部門の「宇宙日本食」の専門家の指導を受けて、宇宙に持って行ってもらえる可能性がある食べ物としてキャラメルの開発をはじめた。そして、若狭湾で大量発生することがあるエチゼンクラゲの粉末を練り込んだ「えくらちゃん宇宙キャラメル」を完成させる。残念ながらこのキャラメルが宇宙に届くことはなかったが、微笑ましくも涙ぐましい情熱あふれるチャレンジ精神はあっぱれだ。
その頃、福井県では県立高校の再編計画がもちあがっていた。紆余曲折があったが、市民をも巻き込んだ運動がおこり、最終的に浜水は、地域のトップ進学校である若狭高校と統合され、若狭高校ることになる。現在の偏差値をネットで調べてみたら、文理探究科:64、普通科:54、海洋科学科:41である。底辺校とトップ校の統合など、常識的には考えにくいが、浜水は若狭高校海洋科学科として再出発したのである。
宇宙キャラメル以降、宇宙食の開発は低迷していたのだが、この2013年の統合が大きな刺激となって新たな展開を迎える。陳腐な言い方になるが、異質なものの融合が新たなエネルギーを生み出したのだ。なんと、その一期生たちが他の科に劣らない進学成績を上げたことは、きちんと紹介しておきたい。
一期生が2年生になった2014年、「探究学習」の一環として、三人の生徒による宇宙食さば缶開発が再始動することになった。小坂の面白いところは、熱血教師として生徒を引っ張ろうとしないところだ。基本的には馬なりで、生徒に意欲があると見るや、極めて適切に導いていく。もちろん労はいとわない。
試行錯誤の末、宇宙日本食候補に選ばれる。さらにJAXAの指導を受けながら味付けの改良や大量生産のためのレシピを作製し、2018年、若狭高校の「サバ醤油味付け缶詰」が、33番目の日本宇宙食として正式に認証された。313人もの生徒がバトンをつなぎ、地元の伝統的な製法にHACCPという衛星管理法を取り入れ、地元のサバを使って世界唯一の宇宙サバ缶を作り上げた。このあらすじだけでも十分に感動ものだ。
『夢ってかなうよね』って今、はっきり言える。でも、一人では絶対かなえられなかった。色々な人が夢を共有して、思いを馳せて、一つ一つ行動したことの積み重ねで成り立っている。
-中略-
楽しくて無理がない。海の潮の流れと同じ。夢ってそういうかなえかたがあるんですね。
宇宙さば缶に意味があるという信念はあった。でも、何より楽しくなかったら続けていません。
小坂が語った言葉である。ちいさな出来事、ちょっとした思いつきや行動、偶然だった高校の統合、そういったものの積み重ねが大きな結果を生んだのだ。そのポイント、ポイントでのエピソードに何度も涙した。
世の中って悪くない、夢ってかなうんや。夢はひとりで見るよりも、みんなで見ながら、かなえたいという方向に楽しみながら進めていったらええんや。夢を抱き続けることさえできれば、あせることもない。まずはそう信じることが大切なのだ。この本を読めば、あなたもきっとそう思う。