信じる? 信じない?『精神科医の悪魔祓い デーモンと闘いつづけた医学者の手記』

2021年11月21日 印刷向け表示
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精神科医の悪魔祓い: デーモンと闘いつづけた医学者の手記

作者:リチャード・ギャラガー
出版社:国書刊行会
発売日:2021-09-19
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あなたは、信じるだろうか?

空中浮遊を30分もするなんて、迷信、ウソ、見まちがい、やらせ・・・そう言って、はねつけるだろうか? この精神科医は、信じている。悪魔は実在し、多くの人が、いまもなお闘っていることを、信じている。

「精神科医のなかには、おかしな人もいる」、読み始める前のわたしは思いこんでいた。本書の版元・国書刊行会が、この本をウェブサイトで「オカルト」に分類していることもあり、眉唾で手にとった。

悪魔なんていない、そう直感した人にこそ、本書を熟読してほしい。悪魔について考えることは、宗教や歴史、精神医療、さらには、現代社会のとらえなおしにつながるからである。

著者は、米国の精神科医であり、科学を背負っている。それとともに、四半世紀にわたって、悪魔と向きあってきた。本書は、その記録でありながらも、体験談にとどまらない。プリンストン大学で古典を専攻し、歴史と宗教を学んだだけあって、広い視野とスパンにもとづく、深い考察につらぬかれている。

悪魔は、人間に、どんなかたちであらわれるのか? それは、「憑依と苛虐」という2つの主要な症状にみられる。前者は、乗り移られることであり、後者は、霊に殴られたり、首を絞められたりすることである。

本書には、空中浮遊のほかにも、下品なことばを発したり(憑依)、不可解な傷を負ったりする(苛虐)事例が、著者の臨場感あふれる記述によって紹介される。どれも、「信じるか信じないかはあなた次第」と言えるかもしれない。

たしかに、憑依された者と、精神病患者は、おもてむき似ている。「解離性同一性障害」、いわゆる多重人格障害や、幻覚、極度の興奮状態は、どちらにも見られる。あるいは、潜在記憶説、つまり、まったく知らない言語を操れるのは、若いころの経験を真似ているからだ、との批判もある。

憑依された人たちの多くは、短いあいだであってもオカルト信仰や、悪魔崇拝への改宗といった、「恥ずべき行動」を経験している。このため、身近な人はもちろん、聖職者にたいしてであっても、悪魔との遭遇についての告白を、ためらう。

しかし「2つとして同じ憑依はない」。この神父のことばにあるように、パターン化できるものではないし、なによりも、著者の、つぎの決意に反論できる者はいない。

彼らはただ甚だしい苦しみの中にあり、そこからの解放を求めているのだ。私はしばしばこれら苦しむ人の目を覗き込み、そこに見て取れる恐怖に胸を打たれた。自らの身に生じていること、あるいは自らが常に苦痛の状態に置かれる理由を完全に理解している者はほとんどいない。だが彼らは、自らの肉体、精神、そして魂が攻撃を受けていると信じているのだ。そんな彼らの苦悩を無視せよというのか?(pp.23)

医者としての職業倫理に、どこまでも誠実だから、著者は、憑依が事実であると信じている。本書の寛容さは、一貫している。それは、精神医療の限界をみきわめようとする、きわめて科学的な態度の裏がえしである。「悪魔祓いを描いている」と称する映画や、自称「超心理学者」や「悪魔学者」に、きびしく批判的な姿勢も、著者の信念を裏打ちする。

「聖職者の人助けは使命であるべきで、ビジネスであってはならない」(pp.257)からである。

「救いを求める賢明さ」によって「真摯に悪魔に抵抗する人は最終的に勝利する」(pp.124)のであって、かんたんに治る特効薬は、どこにもない。この背景を先史時代から現代まで、目くばりよく簡潔に深ぼりする第9章だけでも、本書の意義は、はかりしれない。

「超常的」ということばは、近代の造語であり、また近年、欧米でニューエイジ思想の信奉者が増えている。米国のみならず、インターネットに飛びかう、さまざまな陰謀論もまた、こうした流れに棹さしている。本書は、「オカルト」の棚に、おとなしく収まってはならない。

信頼できる翻訳者(松田和也氏)によって慎重に検討された訳語・訳文は、原書とは異なるタイトルとともに、日本語読者にフィットする。電子書籍もあるものの、装丁は、カバーの触覚によって内容とあいまって迫ってくるから、書籍を手にしてほしい。価格(税込み3080円)にふさわしい価値がある。

それでもあなたはまだ、悪魔を信じるか信じないか、迷っているだろうか?

わたしも実は、まだ迷っている。そんな「興味津々の懐疑派」(pp.314)として、ひとりでも多くの読者と語りあいたい。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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