金融所得課税や経済政策の財源論など、2021年10月の衆議院選挙でもなにかと話題になった税制度。日常生活にも、国家運営にもかかわる、大事な論点である。一方で、ひと口に税金といっても、制度は複雑怪奇で分かりづらく、とっつきにくい。税金と聞いただけでアレルギー反応を示してしまう人もおおいだろう。
ムズかしい問題に分かりやすい切り口をあたえてくれるのは、『歴史』だ。歴史的な視点から物事を俯瞰してみると、ぼやけていた対象物の輪郭が徐々に現れてくる。特に優れた史実家は、混在する事象を一本の線で繋がってみえるようにしてくれる。
本書をおすすめするのは、税金というムズかしく、時代や国によって違う制度を、『歴史』という視点で紡いでくれる稀有な一冊だからだ。通常、こういった本はどこぞの学者や銀行家などが書くことがおおいが、本書の著者はなんとイギリスのコメディアン!コメディアンがこんなにも分かりやすく税を解説するのかと、イギリス人の教養とユーモアの深さに脱帽させられる。
古今東西、政府は税という手段を使って人々から資金を集め、それを公共事業や福祉事業へと配分し文明を維持・発展させてきた。文明社会には税はつきものだ。人類最古のメソポタミア文明でも運用され、宗教国家でも税が重要な集金ツールとなり、フランス革命やアメリカ南北戦争など歴史の名だたる革命や反乱はたいがい重税への不満を原因にしてきた。
本書は前段にて、文明社会の歴史を、税という切り口から紡ぎあげる。例えば、所得税。現代では当たり前のように払う税金であり、各国の筆頭もしくは第二の財源となっている(日本でも所得税は財源として約20%を占め、消費税と並ぶ二大税収源だ)。一方で、その歴史は浅く、比較的新しい税制である。
「ナポレオン打倒のための課税」として知られる所得税は、その名のとおりナポレオン戦争の戦費を賄うため、イギリスで1799年に導入された。政府が人びとの所得を把握することへの嫌悪感から、それ以前はなかなか導入にいたらなかった税制度である。
戦費を賄うための一時的な制度として導入されるも、政府は所得税の税収力に味をしめ、その後、二度と手放さなくなった。この所得税が導入されたことで、政府は巨万の富を得ることになり、国家権力の源泉になっていく。歴史をふり返ってみると、所得税にかぎらずほとんどの税は、戦費を賄うことが大義名分として始まっている。
なにも公式な税金だけが政府の資金源ではなく、非公式な財テクもある。歴史を振り返ると、古代ローマも、オスマントルコも、最近ではジンバブエでも、政府はたびたび非公式な税負担によってピンチをのりこえてきた。インフレである。インフレとは「物価上昇」と捉えがちだが、ことの本質は「通貨価値の引き下げ」だ。お金を大量に刷り財政支出することで、国の借金である政府債務の価値を減ずることができる。結果として、国民の資産は政府へと移動することになり、税収に似た効果があるのだ。
本書後段では、著者はテクノロジーの発展や価値観の変容にいまの税の仕組みが追いついていないことを詳らかにし、今後の税制のあり方を掘りさげる。現在の税法は、非デジタル時代に国境がはっきりした世界のために定められたもので、ネットフリックスやアマゾンなどのグローバルなデジタルサービスがどこで課税されるべきかを想定できていない。
デジタルに経済圏が移行しつつあるにもかかわらず、税制度が変わらないとなると、国の税収は減り続け、この税収減を補うために既存の課税対象者へ重税を課すことになり、経済的不平等はより拡大する。早晩、人びとの猛反発を招くことになってもおかしくない。社会にあわせて税法も変化しなければならない時期に差し掛かっていると著者は警鐘を鳴らしている。
本書最終章で著者は、税制をシンプルに分かりやすくすることと、サブスクリプション型税制などの新しい税の仕組みを提案する。著者の願いは「税について学び、話しあい、意見を出しあう」きっかけをつくること。本書はその役割を十分に果たしている。あとはどれだけ読者が増え、問題意識を持つ人が増えるか。英国コメディアン紳士の挑戦はつづく。