コロナ禍が終息する気配を全く見せない現在、来年の状況を予測するのは極めて難しい。その一方、20年先であれば「歴史を的確に見る目」を持つ人ならば予測が可能となる。
本書は2040年の未来を予測・解析したもので、森羅万象に渡って博識の著者がその炯眼を余すところなく披露する。既に多くの書評によって紹介されているが、2040年というマジックナンバーは遠い未来ではなく、今の状況把握に欠かせない極めて重要な年なのだ。
実は、評者が専門とする地球科学では、近い将来起きる巨大地震と噴火によって2040年まで我が国が持ちこたえているかどうか、が懸念されている。国家の基盤であり政治・経済・社会を支える日本列島という大地が、1000年ぶりの地殻変動によって2040年には現在と全く異なる様相を見せている可能性が高い。こうした「大地変動の時代」という観点から、本書の優れた先見性を紹介したい。
最初に本書の概要を見ておこう。4つのチャプターで構成される最初のテーマは「テクノロジーの進歩だけが未来を明るくする」である。新しい技術は、好むと好まざるとに関わらず我々の日常を変えてしまう。iPhoneが出たのはわずか13年前だが、いまやスマホのない日々はありえない。
著者は日本マイクロソフトの社長に36歳で就任しIT業界を10年ほど牽引した後、新しい事業を始めて現在はHONZの代表を務める。彼の生き方そのものが未来型の技術志向で、20年後を予測するには最も相応しい識者であることに異論ないであろう。なお昨年『アフターコロナの生存戦略』(KADOKAWA)を刊行しているが、本書はさらに現代から未来へ視点を移して論じたものとなっている。
中見出しをチェックすると、「空飛ぶクルマも2040年には可能になる」「日本の過疎化を救うのは5Gでの診療」「世界で注目されるネクストのエネルギーは核融合」「テレビは絶滅しない」とある。選択されたテーマの斬新さ、提示された事実の説得力、論証の鮮やかさによって、読み進めるだけでも大いに楽しめる。
第2チャプターは「あなたの不幸に直結する未来の経済ー年金、税金、医療費」である。20年後に圧倒的に増える老人を支える若者の数は十分ではなく、財源確保が国家の安全を脅かすレベルになる。そして「これからの時代はテクノロジーよりも政治が株価を決める」(187ページ)状況が到来した時、どういうトップを選ぶかが、今まで以上に日常生活を決定する。
第3チャプターの「衣・食・住を考えながら、未来を予測する力をつける」 では、日々の食べ物やマンション価格と共に、教育や大学の本質が問われる。「日本では学歴の意味がなくなる」(220ページ)と喝破するように、本当に実務能力のある人材だけが残る未来はすぐそこまで来ているのだ。
そして最終章となる第4チャプター「天災は必ず起こる」は、未来予測の圧巻だ。2040年まで確実に起こる激甚災害の筆頭に、南海トラフ巨大地震がある。さらに首都直下地震、富士山噴火、地球温暖化は、いずれも喫緊の課題で避けることができない。こうした自然災害に対しても著者は冷静に論を進め、「『水』が最も希少な資源になる」(262ページ)と説く。地球科学的にも全くその通りである。
20年後の予測だから様々な議論も出るだろうが、それこそ著者の意図するところだ。我々はビジネスにも外交にも教育にも「長尺の目」を持たなければならない。現在、10年前に起きた東日本大震災をきっかけとして地震と噴火の活動期に突入したわけだが、その帰結は20年後に明らかになる。すなわち、第3チャプターまで論じられた技術・経済・医療・教育などの未来予測が、第4チャプターの天変地異によってすべて上書きされるのだ。
ここでマジックナンバー2040年が鍵となる。たとえば、政府が「今後30年以内の発生確率が70~80%」とする南海トラフ巨大地震は、年代で言えば2030年代に起きると予測される。具体的には2035年±5年に発生し、2040年には既に終わっていると考えられるのだ(拙著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書)。
そして南海トラフのような海溝型の大地震は、発生40年前ほどから内陸で直下型地震が頻発する経験則がある。具体的には、1995年の阪神・淡路大震災や2016年の熊本地震と鳥取地震、2018年の大阪府北部地震など西日本を襲った地震がその兆候にあたる。そして2040年にむけて直下型地震はさらに増え続けるのだ。
そもそも南海トラフとは静岡沖から宮崎沖まで約800kmに及ぶ震源域だが、次回は静岡沖の東海地震、名古屋沖の東南海地震、四国沖の南海地震の3つが連動する、つまりマグニチュード9.1の巨大地震となる。その結果、太平洋ベルト地帯での犠牲者は最大32万人、被害総額220兆円という東日本大震災の10倍以上の甚大災害となる。
この南海トラフ巨大地震に誘発されるのが日本最大の活火山である富士山の噴火だ。記録に残る最後の噴火は江戸時代1707年の「宝永噴火」だが、その49日前に南海トラフ巨大地震に当たる「宝永地震」が発生した。噴火によってガラス質の火山灰が首都圏を広く覆うと、第4チャプターにある通り「日本中の機能がストップする」(257ページ)のである。
最近、富士山の噴火災害を想定したハザードマップが17年ぶりに改訂された。2004年のマップは1707年の宝永噴火をもとに作られていた。その後、平安時代864年の貞観噴火の溶岩量がその倍だったことが分かり、最悪の事態を想定し作り直された。具体的には、溶岩流の被害を受ける県として、静岡県・山梨県に神奈川県が加わった。こうして東海地域だけでなく首都圏の災害となることが明らかになったのである。
江戸時代の噴火では市中を火山灰が1ヵ月も舞っていたが、現代に当てはめるとコンピュータをはじめとして電子機器が誤作動を起こし、電気水道ガスなどライフラインが全て止まることになる(拙著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックス)。もし直近に起きた南海トラフ巨大地震の被害に加わると、首都機能そのものが失われる恐れもある。
ちなみに、南海トラフ巨大地震、富士山噴火、首都直下地震のいずれをとっても、最先端の地球科学ですらアバウトな予測しかできない。しかし、何月何日かは予知できないにしても、確実に起きること(パスは無い)は歴史が証明してきた。
自然災害は不意打ちを受けたときに被害が極大化し、知っているのと知らないのとでは雲泥の差が生じる。よって「過去は未来を解く鍵」に従って「なけなしの虎の子情報」から2040年を迎えるしかない。すなわち本書第4チャプターが日本の未来を握っているのである。
本書が提言するマジックナンバー2040年の未来は、おそらく「想定外」に満ちたものとなるだろう。多くの識者が指摘するように、もはや国家や企業や社会に頼ることは不可能で、自力で生き延びるしか手立てはない。このことを読者に喚起するインパクトが、本書最大の効果かも知れない。自分の未来は自分に託す。その当たり前のことを改めて真剣に考えさせてくれる好著である。