すでに5万部に届く勢いだというドキュメント・ノベル『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』は、
豪快! 特殊部隊の飲食の場面
成毛 前編では、尖閣に伊藤さんが上陸された際のことを細かく伺いました。私はとにかく『邦人奪還』という小説の、というよりも伊藤世界のディテールが面白くてたまらないんです。
伊藤 最初にお会いした時から「なんでこの人はこんなことを知っているんだ?」と、こちらこそ、成毛さんの専門的な知識の広さには驚かされてばかりです。
成毛 いわゆる雑学です。本で知ったことばかりなので、本物の現場を踏んでいる人に憧れを持っています。ましてや、いまここで伊藤さんと戦ったら、3秒後には自分は死んでいると思うとゾクゾクします(笑)
成毛 特殊部隊の第3小隊が一緒に居酒屋に行くシーンは伝わってきますね。食べ方や飲み方もよくわかるし、結婚式のシーンまで出てきて、描写が身近でグッと迫ってきました。飲食って人間性が現れますよね。まあ、皆さんよく食べるわ飲むわ(笑)。今度ご一緒してみたいです。いや、隣のテーブルで見ているだけの方がいいかな。飲み食いのシーンはこんなでしたね。
「5人が座敷のテーブルに着いて1分も経たないうちに、店員が生ビール10杯運んできた。全員がジョッキを無言のまま手にし、割れるほどに激しくぶつけ合って、一気に飲み干した。そして、空いたジョッキをテーブルにドンと置き、次のジョッキの取っ手を掴む。今度は小さな声で「お疲れでした」と言いながらカチリとジョッキを合わせ、半分くらい飲み干してからようやく一息ついた。これが彼らの作法なのである。」
……これが「作法」なわけですよね?
伊藤 はい……誇張は一切ありません(笑)。
成毛 メニューの注文もまたすごい。
少し紹介をすると、最初の隊員がこう注文をするです。
「鶏ささみのショウガ焼き、レバー炒め、アジの南蛮漬け、サンマ塩焼き3匹、五目焼きそば、あとグリーンサラダ5人前ね。はい、みんなもどうぞ」。
これが一人分。自分の分だけ注文をしたわけですね。で、次の人が、「はいっ、じゃあ、
俺も兄ぃと同じレバー炒めとサンマ塩焼き3匹と……」。それぞれが凄まじい量を召し上がる。
伊藤 はい……ここも誇張はありません(笑)ただ、カップ麺でお腹を満たすようなことはせず、タンパク質を重視するなど栄養配分を常に考えて摂取するように心がけます。
成毛 摂取……(笑)。とにかく、食べ物のことは大切ですね。
伊藤 書いているほとんどにはモデルがいますし、ストーリーや物語設定は架空ですが、切り取った「部分」は事実なんです。その意味では、見たことをそのまま書いているだけだとも言えます。まあ、とにかくよく食べます。
食べるときに「お国柄」が出る
成毛 実際の訓練は厳しいでしょうから、食べないとやっていられない。
文中で、日米の陸海軍特殊部隊員による、即席混交チームでの訓練シーンが出てきますが、これはノンフィクションだと伝わらないところですね。お弁当のシーンはお国柄が良く出ていました。アメリカ人が弁当のサバを食べられないから、鶏のから揚げと取り換えてやった、なんて、実際にあったんですか?
伊藤 そんな気がします(笑)。アメリカ人はその辺が素直でして、「食べられない」といって残すようなイメージが強いです(笑)。ほかの国の人は、同じように魚が出ても特殊部隊ですからね、何も言わずに黙々と箸を使って普通に食べますよ。
成毛 どう食べるかもお国柄が出ますね。お酒を一緒に飲むこともあるんですか?
伊藤 ある国の特殊部隊員が日本に来た時に、「何が飲みたいか」と聞いたら「スタウトを飲みたい」とだけ言っていました。
成毛 いわゆる黒ビールですね。どの国の軍人かは想像ができます(笑)
伊藤 飲める店をなんとか探して連れて行ったら常温、室温のを「これでなくちゃ」と、黙々と飲んでいました。「バドワイザーなんか飲めるか」とかつぶやきながら、歩けなくなるまで飲んでました。酒量もまた、特殊です。
成毛 日本マイクロソフトの社長時代、世界中の営業幹部が集まる会合がシアトルであったんです。15階の最上階レストランでつまみと飲み物だけが出たんですが、実際に失火があって警報が鳴り、避難しろということになったんです。国ごとにそれに対する態度が違って、お酒で現れるお国柄の話になると思い出すんですよ。最後まで飲んでいたのはドイツ人でした。それも避難階段の7階踊り場に座り込んで(笑)。
成毛 伊藤さんの本は、ノンフィクションもフィクションも、私には組織論、そしてリーダー論の本としても読めるんです。
伊藤 自衛隊というのは、組織としては「軍隊」ですから、組織の系統やリーダーのあり方がおのずと問われるところがあります。そもそも、入隊したての同級生には、自転車に乗れないとかじゃんけんがわからないとか、左右がわからないなんてヤツも当たり前にいました。そういうヤツらに左右をいかに識別させるかにおいては、自衛隊は異常なほどの経験が蓄積されている場所です。
成毛 なるほど。そういう新入生教育の場として、自衛隊は最適なんですね。
伊藤 はい。頭の教育よりも何よりも、まずは普段の当たり前の動作を仕込んでいきますね。それぞれができないと何も組織としてできません。
成毛 新入社員教育として、自衛隊へ1週間の体験入隊という会社もありますね。
伊藤 基本的に無料でできるので、良いかもしれません。学生のうちは自分のためにすることが多いですが、社会にでると組織のために、しかも集団でなにかをするということがおおくなるわけですから、それを行動を通じて認識させるにはいいかもしれません。
日本人は「ボトム」が高い
成毛 ところで、日本人のお国柄はありますか?
伊藤 日本はボトムが高いんです。
成毛 ボトムが高い? 平均的な能力が高いということですか?
伊藤 ん……。まあ、そうですね。ボトムのレベルが他国に比べてとても高いと思います。優秀な人が多いというよりも、ダメな人が少ない感じでしょうか。それが日本の強さだと思います。それぞれの持ち場を守らせれば、歯車がうまく全体として機能する、ということです。
成毛 サバを食べられないアメリカ兵はどうですか?
伊藤 世界一の軍事費を払える経済力とは、圧倒的な物量を伴う軍事力を意味します。そのうえで、個人レベルでは「誰でもやれる」という前提で戦略を立てるのが上手な国で、この2点で私は最強の軍隊だと思っています。ただ、1人ひとりの能力は、というとそうでもないです。
成毛 どんな軍事的な戦略が適しているかを考えることって、結局は組織論ですよね。だからこそ、驚くほどに『邦人奪還』は企業小説的な側面もあるのだと思いました。例えば、特殊部隊の小隊の内部ではタメ語を使わせている。敬語を禁止しているわけですね。
伊藤 はい。敬語になると上下を意識して、言うべきことを言えなくなります。少しでも危険を察知したら共有すべきで、危機管理としてのタメ語です。
成毛 そうか、タメ語は大企業よりもベンチャー企業が強い理由でもありますね。特殊部隊ともなると、訓練はすさまじいことと思います。例えばどんなことをするのか、言える範囲でお願いします。
伊藤 肉体の限界を認識しておくことは大切で、だから確認作業が事前に必要になります。
成毛 肉体の極限……誰が何をできるか、というより「どこまで耐えられるか」?
伊藤 そうです。どこまでやれるかを試しておくことが必要で、それを試す時は緊張します。仮にですよ。仮に、空中から海上に人間を降下させる際に、この装備ならどれくらいの高さまで大丈夫か、知りたくなるわけです。パイロット、仕切っている私、実際に降下する隊員、が連携しつつ、その上限を探らねければならないですよね。肉体的に可能な域値設定も創設時以来、積み重ねてきた大切な財産の一つです。それらは、日本人の体格や日本近海ので自然環境が密接に関わってきますので、海外からの情報は参考にはできますがまねは、できませんので……。
成毛 このお話は、あくまでも仮にですよね(笑)。でも、文字にできないなあ。担当さん、ここ少し削っておいてください。ともあれ、人間ってここまで大丈夫なんだ、ということの確認ですね。
組織捜査小説としての「自衛隊」ジャンル
成毛 今、エンターテイメント分野では警察小説がよく読まれてように思います。その流れに乗ってしまったのか、警察小説を100冊以上、ここ1年間で一気読みしたんです。明日からでも捜査一課か公安総務課で勤務できそうです(笑)
伊藤 100冊を一気読み?また極端な。成毛さんは本読みの特殊部隊というか・・・
成毛 一気に量を読むと、見えてくる景色があるのでしょう。ともかく警察組織を舞台にした小説が読まれる理由はわかる気がするんです。読む人は自分の会社員生活や、組織の中の立ち位置を重ねて読みつつも、警察小説からなんらかの非日常的な刺激も得たいわけです。初老の職人刑事と女性のキャリア刑事の組み合わせなんて、民間企業でも起こりうる。しかし民間企業には死体はない(笑)だから地上波のドラマも警察ものが増えてきて、むしろ組織に属さない探偵ものは少なくなったような気がします。
刑事警察と自衛隊って、何かが起こってから、大組織の中の個人として対処するという構造において、似ているかもしれません。とすると、警察小説の次は自衛隊小説が読まれるんじゃないかと思うんです。自衛隊というジャンルで読みたいテーマはまだまだたくさんあるので、次の作品もぜひ、期待しています。
伊藤 祐靖 1964年、東京都に生まれ、茨城県で育つ。日本体育大学から海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事案に遭遇した。これをきっかけに全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わった。2007年、2等海佐の42歳のときに退官。後にフィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では、警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。
*本稿は東洋経済オンラインの記事より転載しております。