陽ざしの強い京都、すだれ、浴衣、冷やしきゅうり……。今年の夏は京都旅行も難しいかな、と残念に思っていたが、本書を読むと京都の街並みが鮮やかに浮かび上がってきた。本書では、今から30年ほど前にタイムスリップ。祗園祭や茶会、料亭、花街などいたるところで活躍するのは「配膳さん」と呼ばれる職業人である。配膳さんはまるで「おもてなし」の職人のようだ。
著者は配膳さんを徹底取材するなかで、配膳を取り巻く京都の文化背景や美的感覚、おもてなしの精神について思考を巡らしてきた。実は今まで配膳という職業に関して記録がほとんど残っていない。それほど京都文化に馴染んでいたのだろう。これまで言葉にならなかった空気感も一緒に丁寧に文章に紡ぎ出す本書は、とても美しい。
配膳は京都だけに存在する男性だけの職業である。紋付に袴姿で式典や宴などさまざまな行事が円滑に運ぶように裏方でとり仕切る。「なんでも屋」であるがゆえ、京都のしきたりや文化には誰よりも精通していないと成り立たない職業のようだ。
たとえば、料亭専属の配膳・星野静夫についてこんな文章がある。星野がつとめている京都・岡崎〈つる屋〉にある備品の数々について。
これらのざぶとんを配膳は、部屋のスペースや人数にあわせて使いこなす。しかも客層や宴の趣旨にそって、生地や色や模様を選ばなければならない。そのために星野はすべてのざぶとんの生地や柄を手帳に控えておく。
料亭中のざぶとんを集めると、およそ1000枚はある。模様は、小紋、葡萄唐草、御所どき、鯛に梅など、数えあげれば切りがない。さらに季節によって、絽、ちりめん、朱珍など織りもさまざま。星野はお客さまの意向をくみ取り、座敷をコーディネイトしていく。ざぶとん以外にも、テーブルクロス、漆食器、掛け軸など、同じように深い知識とそれらを扱う技能がなければ成せない仕事だ。
もう一つ、京都嵯峨に〈人形の家〉が開館されるセレモニーで星野が呼ばれた時のこと。建屋1階にある受付を行っていた空間を座敷に早変わりさせるという趣向の凝った演出を任された。
本来なら立って歩く場所にざぶとんを敷き、そのうえにすわって食事をする。このふつうありえないような設営で、まず星野が念頭においたことは、ひとの目の高さから見えるものの捉え方、つまりひとの目線であった。〈中略〉
座敷づくりを考えるばあい、単に客の人数に合わせてざぶとんを敷き、部屋をととのえるだけではすまされない。どこに客の視点が行くのか、庭の景観はどのようか、出入口は、上座下座の位置は……、そうした点をたえず考慮しながら、接客空間を演出するということにつきる。
空間を演出するときに重宝するのが、屏風、几帳、衝立、のれんなどの建具だ。日本家屋は建具を取っ払ってしまえば柱のみが残る。壁で完璧に遮断する西洋の建物と大きく違う点である。こんなふうに、職業人の手によって、平安より受け継がれてきた公家文化の品々は息を吹き込む。
ところで、配膳の起源は何なのだろう。明治の末ごろから京都の町なかに登場した配膳について、著者が調査を進めていくと、室町時代の「同朋衆(どうほうしゅう)」に行き着いた。南北朝の動乱を経て、新興の武家階級が台頭したが、彼らには文化的教養がない。そこで、地方出身者の武家が文化的指南役としてお側に仕えたという。同時代に開花した茶の湯文化にも一役買っていたことだろう。
しかし江戸時代になると、同朋衆という職業はなくなってしまう。質素倹約が謳われ、もてなしの精神は二の次とされてしまったようだ。同朋衆と配膳には多くの類似性がある。そして現在、配膳という職業は失われつつある。江戸時代と現在は似ているのだろうか。
本書は、1996年に大阪の向陽書房から単行本『京の配膳さん』を大幅加筆したものである。もともとは、1988年1月から1990年3月にかけて雑誌に連載していた記事を原稿にした。取材開始からは実に30年も遡っている。『京の配膳さん』で取材した配膳の方々は既に引退してしまっていることから、現在他の職業の方が兼任していることが多い。
著者は、式典や宴が観光客向けに簡素化され、形骸化していることを心配している。そんな中でも本来の意味や京都文化を守ろうと伝統を守り抜く人々を丁寧に取材し記録として残してきた。配膳さん以外にも、たとえば、料亭が先代よりひいきしているクリーニング店、漆食器専門店、掛け軸を扱う店などが文化を継承している。それらの職人仕事の一部を垣間見れるのも本書の魅力のひとつかもしれない。
京都の職人さんについて少し知識が増えると、今度は寺社仏閣や日本絵画、建築に興味が湧いてきた。こういう時期に好奇心をくすぐる本に出会えるなんて嬉しいな。世の中が落ち着くまで、縦横無尽に日本文化を楽しんでみよう。
配膳さんは能の世界にも出入りしていた。能と茶は室町時代の同時期に生まれたこともあって深い関係がある。
本書を手に、京都・西本願寺を訪れたときは興奮したな〜。京都の建築が5つ載っています。村上浩のレビューはこちら。