「これまでのやり方が通用しなくなり始めている」
これは多くの伝統的な日本企業が抱いている実感だろう。市場環境の急激な変化、AI(人口知能)を始めとするデジタル技術や新興企業の参入によるディスラプション(創造的破壊)、従業員の価値観の多様化や働き方改革など、企業は従来のやり方では対処できない数多くの現実に直面している。
本書は、2016年に出版された『両利きの経営(Leap and Disrupt: How to Solve the Innovator’s Dilemma)』がベストセラーになった、スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授と、その弟子である組織開発コンサルタントの加藤雅則らによる、日本のAGC(旧旭硝子)を実例として取り上げた、その続編であり実践編である。
『イノベーションのジレンマ(The Innovator’s Dilemma)』と言えば、ハーバード大学の故クレイトン・クリステンセン教授の世界的なベストセラーで、巨大企業が新興企業を前にして力を失う理由を説明した会社経営の理論書である。
従来の仕事に最適化された組織慣行やプロセスを維持したまま新しいことを始めようとすると、組織内に様々な軋轢が生じる。その結果、既存のやり方からくる制約が、新しい取り組みの芽を摘んでしまうことになる。組織経営論では、こうした現象を「成功の罠」と呼んでいる。 成功してきた組織には、「慣性力」が働き、過去の経営環境に過剰適応してしまった結果、環境が激変する局面では適応できずに衰退してしまうという宿命がある。
これまで、こうした「イノベーションのジレンマ」を克服する方法について多くの議論がなされてきたが、その問題を解決するために提示されたのが「両利きの経営」である。ここで言う「両利き(ambidexterity)」とは、あたかも右手と左手の両方が利き手のように使えるということであり、これを会社経営に当てはめれば、不確実性の高い探索を行いながらも安定した収益を確保しつつ、そのバランスを取って二兎を追いながら両者を高いレベルで実現していくという経営を意味する。つまり、イノベーションのジレンマは大企業にとっての宿命ではなく、経営のやり方次第だというのである。
一昨年、エグゼクティブコーチのフレデリック・ラルーによる『ティール組織(Reinventing Organizations)』が翻訳出版され、若手企業を中心に大きな反響を呼んだ。発達心理学の観点から組織形態を整理分類し、従来型の階層組織だけではなく、完全にフラットでネットワーク型のティール組織のようなものもありうることを解き明かした点が注目されたのだろう。
ティール組織が画期的な組織形態であるのは確かだが、組織を語る上で大切なのは、組織と戦略の両方に目を向けた、「組織経営論」という視点である。そして、戦略と組織を両輪とする組織経営論の視点に立って、これから必要となる組織能力を培っていくのが、本書で言う「組織開発(Organization Development)」の活動である。
既存事業を維持しながら新規事業を生み出していく「両利きの経営」こそが、「成功の罠」にはまってしまった今日の日本企業に求められる組織開発なのである。