再生可能エネルギーを前提としたインフラへと大転換するための道筋を示した一冊──『グローバル・グリーン・ニューディール: 2028年までに化石燃料文明は崩壊、大胆な経済プランが地球上の生命を救う』
『第三次産業革命』、『限界費用ゼロ社会』などの著作でこれから先のエネルギー源、都市インフラについて一貫した提言を行ってきたジェレミー・リフキンによるこの最新作は、副題にも入っている通り、化石燃料文明の崩壊に備えて再生可能エネルギーを主軸にした新しいインフラを、今こそ整備するときであるという現状の紹介とこれからについての提言の書である。
現在、地球上では温室効果ガスの増大によって産業革命以前の水準から1℃上昇しており、今の状態が続けばそれ以上の上昇は避けられない。たった1℃、と思うかもしれないがこの1℃で大気が保持できる水分量は7%ほど増加し、それによって雲の中で激しい水分の運動が発生。それが極端な気象現象に繋がっていくわけで、無視していい状態ではないのである。
ではどうすればいいのかというと、一つには化石燃料由来の温室効果ガスを抑制するために、エネルギー源を再生可能エネルギー中心によせ、脱炭素化することである。今、EUや中国を中心に、そうした脱炭素化への大きなシフトが起こっている。アメリカもまた、2018年の中間選挙時には、ニューディール政策にちなんだ「グリーン・ニューディール」を実現するための特別委員会を設置。グリーン・ニューディール決議案が議会に提出され、これに100人以上の連邦議会議員が賛同するなど、2020年の国政選挙に向けて大きな争点となりつつある状況のようだ。
気候変動が問題なのは多くの人が賛同するところだろうし、その手段として再生可能エネルギーに注目が集まるのもわかる。だが、コストが高く競争力のないエネルギー源に手を出したら環境には良いかもしれないが、より大きな競争には負けてしまう。そうした状況に今「大転換」が起こっている、というのが本書の主張である。EUが先導をきり、中国がその後を追い、再生可能エネルギーに関する技術開発が進んだ結果、石油よりも太陽・風力エネルギーを利用したほうが安くなり、市場が主導する形でゼロ炭素に向かうことができる未来が開けているというのだ。
著者はこれまで欧州委員会委員長、メルケル独首相などEUの中枢のアドバイザーをつとめ、中国のこうした脱炭素化の運動にも関わっていたりと、この分野の専門家にして中心となってこの状況を推し進めていく人間である。そのため、再生可能エネルギー楽観論には利害関係者としてのポジショントークを感じるわけだが、いずれエネルギー源としては環境側面以外にコスト的な意味でも、そちらにシフトしていくという流れそれ自体にはハズレがないだろう。専門家による、読み応えのある一冊だ。
EUは何をやっているのか?
さて、では大きな流れの一つとしてあげられているEUや中国は何をやっているのかがまずは気になるところだ。EUは今も「脱炭素社会」に向けて一貫して舵を取り続けている。2019年末に欧州委員会は50年までに排出実質ゼロを達成する世界初の大陸になるという近年の指針を再度明確に示し、あらゆる政策分野に気候と環境からの視点を介入させ、同様の規制を尊重しない外国企業の製品の輸入に課税する仕組みを入れるなど、「本気」の姿勢が感じられる。
EUにおけるそうした大きな動き自体は10年以上前からはじまっている。たとえば2007年から2008年にかけて、EUはエコロジカル時代の実現に向けてすべての加盟国に、2020年までにエネルギー効率を20%高め、温室効果ガスの排出を1990年対比20%削減。さらには再生可能エネルギーによる発電量を20%にまで増大することを義務付ける、20-20-20目標を決定。
こうした状況を推進するにあたって、著者が提言する方法は五つの大きな柱に絞られる。第一に、建造物を改良し、太陽光発電設備を設置・送電しやすくすること。第二に、再生可能エネルギーで化石燃料を置き換えるにあたって、野心的な目標を設定すること。第三に、電気を貯蔵するための装置を地域の発電所や送電網に組み込むこと。第四に、すべての建造物にメーターなどのデジタル装置を設置し、送電網をデジタル接続に変更すること。これにより、地域内の複数の場所で発電された自然エネルギーによる電気を送電網に流すことができる。第五に、電気を送電網に送り込むこともできる電気自動車と、駐車場に充電スタンドを併設することがある。
つまるところ、著者が推進しているのは単に再生可能エネルギーで化石エネルギーを置き換えることではなく、都市まるごとを作り変えるようなインフラの大転換である。これらを一度におこなうことで、エネルギーは中央から一方的に送られてくるものではなく、分散型になったエネルギーのインターネットともいえる状況が現れることになる。
再生可能エネルギーのインターネットのプラットフォームを構成する五つの柱を導入し、統合することで、送電網は中央集権型から分散型へ、発電は化石燃料と原子力から再生可能エネルギーへと変換できる。新しいシステムにおいては、あらゆる企業、地域、住宅所有者は電気の潜在的生産者となり、余剰の電気をエネルギーのインターネットを通じて他者と分かちあうことができるようになる。
中国は?
こうした動きに乗っているのはEUだけではなく実は中国もだ。膨大な人数を養うために煙もくもくで環境を破壊しまくりながら化石燃料を使っているイメージがあるが、2018年の再生可能エネルギー投資額でも、EU全体の745億ドル、米国の642億ドルにたいして、中国は1001億ドルである。世界の総投資額は3321億ドルだから、なんと中国だけで約3分の1を占めている。また、中国における総発電電力量に占める再生可能エネルギーの比率は25%と極めて高い。
歴史的経緯としては、そもそもその底しれぬエネルギー需要を賄うために、2012年、中国の李克強首相が本書著者の『第三次産業革命』を読んでそのヴィジョンの検討に当たらせた他、習近平時代になってもその流れは変わらず、2030年までに一次エネルギー消費に占める非化石燃料の比率を20%に引き上げる方針を打ち出し、実施しつづけているようだ。エネルギー調査会社の試算によれば、中国は2050年までに電力供給の62%を再生可能エネルギーが占めるという。『このことは近い将来、中国経済に動力を提供するエネルギーの大半が限界費用ほぼゼロで発電され、中国とEUが世界でも最も生産的で競争力のある商業地域となることを意味している。』
おわりに
こうした動きが起こると、当然ながら技術的な革新も起きてどんどんコストが下がっていく。本書のサブタイトルに入っている「2028年までに化石燃料文明は崩壊」は、何も化石がなくなって文明が終わるといっているのではない。2028年頃には再生可能エネルギーのコストが下がりつづけることで化石燃料の資産価値が大きく下がり、カーボンバブルの崩壊による経済危機。さらには資産をギリギリまで売り抜けようと地下や海底に眠る石油資源をギリギリまで採掘しようとして温室効果ガスの排出量が壊滅的に増加する状況のことをさしている。
そうした状況を回避するためにも、早め早めの転換が求められる、というのが大まかな主張なのである。無論、そのインフラの転換には4000億ドル以上の費用がかさむとみられているが、その経済効果は1兆ドル以上とも言われており、そもそもそれだけの費用をどこから捻出するのか──といった政策レベルの提言も本書後半ではじっくり練られていくので、絵空事だろうなどとおもわず、ぜひ(気候変動とエネルギーの未来について興味のある人は)手にとっていただきたい。