2013年にマーク・ポストとピーター・フェアストラータというオランダ人研究者2人が、世界初の培養肉で作られたハンバーガーを発表した。培養肉でできたパテの値段は33万ドルという高額なものだった。
わざわざ動物の細胞を採取し試験管内で高価な肉を培養する必要があるのかと、いぶかる人もいるであろう。
そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。本書は培養肉を「クリーンミート」と呼び、その開発と商品化に奮闘する企業家たちを軸に、これから起こる可能性がある第2の緑の革命に迫った一冊だ。
第1に認識しなければならないのは、今の畜産業が持続不可能なシステムの上に成り立っているということだ。
畜産業は温室効果ガスの最大の要因であり、森林破壊の原因でもある。自動車産業がいかに燃費に優れた車や電気自動車を開発しても、畜産業が現在の規模で存続する限り、温暖化に歯止めをかけるのは難しい。森林伐採の面でいえば、氷で覆われていない陸地の4分の1が家畜の飼料を作るために使われている。それもそのはずで、1キロカロリーの肉を得るために9キロカロリーが必要なのだ。大量に排泄(はいせつ)される糞尿(ふんにょう)は土壌や河川の汚染を引き起こしている。
超過密な環境で飼育されている家畜や家禽(かきん)には、大量の抗生剤が投与され、耐性菌発生の要因となっている。食肉の糞便汚染は深刻で、米国のスーパーで売られていた鶏肉300個を調査した結果、97%からサルモネラ菌、カンピロバクター菌、大腸菌が検出され、その半数から抗生剤に耐性を持つ菌が見つかったという。人口増加と絶対的貧困の克服によって肉の需要が伸びる中、現代の工業的畜産業は限界を迎えつつある。
ここまでくれば培養肉がなぜ「クリーンミート」と呼ばれるのかが見えてくる。培養肉は環境負荷が少なく、細菌にも汚染されておらず、動物の福祉という観点からもクリーンであるのだ。
一方、多くの難題もある。まずは価格だ。前出のハンバーガーが高額なのは、細胞の培養過程で培養液として血清が必要なためだ。血清は高価でコストがかさむ。しかし近年はアニマルフリーの培養液が使われるようになり、コストは大幅に下がりつつある。
それでも牛肉の培養はコストと技術、それにマーケティング面で問題を抱えている。そこで視点を変え、レザー(皮革)の培養に切り替えた企業や、培養がより簡単な家禽の肉に特化する企業などが登場。近年米国では培養肉を巡るスタートアップの活躍が目覚ましい。また、別のアプローチとして、遺伝子操作で生み出した細菌や酵母により、ビールを造るようにアニマルフリーの卵白や牛乳を「醸造」する企業なども生まれている。
これらの企業が製品を市場に出すには、まだ越えなければならない壁が存在する。その中でも最たるものが、消費者の動向だ。確かに、組織工学や遺伝子工学で生み出された食品に人は違和感を覚える。だが肉食の習慣を持続可能なものにし、地球との共存を図るには、「細胞農業」こそが最適だと、起業家たちやそれを支援する投資家は確信している。これから先、細胞農業は目が離せないビジネスへと成長するであろう。