高畠通敏の『地方の王国』といえば、地方政治研究の重要古典である。高畠は政治学者でありながらジャーナリストのように地方に足を運び、戦後の保守政治を支えた日本各地の保守王国の実態に迫るルポルタージュを書き上げた。
なぜ田中角栄は旧新潟3区で圧倒的な強さを誇ったのか。高畠はその要因の1つに「豪雪」を挙げる。日本海から吹く湿気を含んだ季節風は、三国山脈を越える前に3~6メートルにも達する雪を落とし、人々を孤立した空間に閉じ込める。長年にわたる雪国の生活の中で培われた忍耐と恨みの感情、そして連帯意識が、有権者のエートス(生活感情)になっていると高畠は書いた。
日本は多種多様な地形からなる国家である。山々には無数の峠があり、山から駆け下りる急流は河岸段丘や扇状地をつくる。入り組んだ海岸線は世界で6番目に長く、島の数は世界で3番目に多い。このようなバラエティーに富んだ地形は、その土地に暮らす人々の思想にも影響を与えているはずだ。
本書は、高畠の仕事から大きな影響を受けたという著者が、さまざまな場所を歩き、地形と思想の関係を考察した一冊である。目次には、「岬」とファミリー、「峠」と革命、「島」と隔離、「麓」と宗教、「湾」と伝説、「台」と軍隊、「半島」と政治、とユニークな切り口の項目が並ぶ。
中でも、地形と思想の関係をつかみやすいのは、鹿児島県の大隅半島かもしれない。ローカル線が廃止されるなど、外からのアクセスがしづらく内側へと閉じた半島では、戦前からの価値観が脈々と受け継がれて来た。昨19年、垂水市で初めて女性市議が誕生したが、これでようやく1958年の市制施行以来、全国で唯一、女性市議が出たことがなかった不名誉な記録に終止符が打たれたというから驚く。
本書を読んでいると、各地の歴史に天皇が顔を出すことに気づく。記紀神話から現代に至るまで、この国の歴史は天皇と無縁ではいられない。中でも印象に残るのは、静岡県の奥浜名湖に突き出た岬だ。この岬には、現上皇が皇太子だった頃、68年から78年にかけて、皇太子妃や子供たちと夏に数日間滞在した家があった。ある会社の保養所だった木造平屋の家屋は、御用邸とは比較にならないほど狭い。だが、小さな岬の突端にひっそりと位置し、プライベートな空間となっていた。
なぜ皇太子は戦後の一時期、この岬の家で妃や子供たちと共に過ごすことを選んだのか。当時は郊外の団地に住む核家族に代表される「私生活主義」が新しかった。この岬の家は、「核家族としての皇太子一家のごく普通の夏休みを確保するための、最後の砦となっていた」と著者は述べる。
だが時代は変わる。現在の天皇は、昭和天皇が晩年に滞在することを好んだ、那須御用邸で夏の数日間を過ごしている。著者はそこに少子高齢化の時代への変化を見る。皇室といえども、時代の変化とは無関係ではいられないということか。
富士の威容は多くの宗教家を引きつけ、隔離された島は差別の舞台となる。地形と思想の関係から浮かび上がる日本思想史はなんと多様なことか。都市生活者の視点では見えてこない日本がここにある。
※週刊東洋経済 2020年1月18日号