現代アーティストとして世界中で活躍する草間彌生のコラージュ作品は30年前、原画が約15万円であった。それが現在では、版画作品で1000万円の値段がつくものもある。
資産として考えた場合、平山郁夫など巨匠の作品を購入するよりも単価が安かった彼女の作品を当時に大量購入しておけば、その利益率で莫大な富を得られたであろう。
ただ、これは結果論である。当時こうした結果になることを予測できた人はいなかった。アーティストである作家本人を除いて。
本書は戦後から現代に至るまでのアジアのアートの動向について、経済を踏まえて俯瞰できる一冊だ。3部構成となっており、第1部は評論家や美術館長らが藤田嗣治、上前智祐、小松美羽といった作家と作品について論じている。
対談や鼎談で構成する第2部は、日本・香港・台湾に画廊を持つホワイトストーンギャラリーの白石幸生会長が立ち上げた「アジアコンテンポラリーアート投資ファンド」がテーマの1つである。海外の富裕層は、資産のポートフォリオで10~20%をアートに充てている。これらと比較して日本が取り残されている現状を打破するため、なぜファンドを設立する思いに至ったのかを白石氏は語る。
とりわけ第3部が秀逸だ。軽井沢ニューアートミュージアム代表理事の大井一男氏が、自ら画廊の営業マンとして45年の体験を著した。バブル時代、日本はゴッホの作品を購入したが、海外の人は横山大観を購入しない。この疑問は海外市場開拓の大きな原動力となった。2010年にロシアへ日本画を船で運び、さらにロシア人美女を雇い売り込みを図る。富豪の家に訪問販売を考えるも、銃で撃たれるのがオチと断念するなど、まさに画商奮闘記である。
一方、国外でも再評価されている「具体美術協会」の芸術家、香港アートフェアなどで活躍するフィリピンのロナルド・ヴェンチュ―ラや中国のファン・ユーシンなど国際色豊かなアーティストも登場する。1970年代以降の日本の美術業界の変遷の歴史が理解でき、資料的価値とノンフィクションの臨場感が交差する貴重な一冊だ。
寄稿者の中には、執筆中に急逝された多摩美名誉教授・本江邦夫氏もいる。こうした貴重な先代の声には限りがある。本書が美の魂を次世代へとつなぐきっかけになれば幸いだ。
※信濃毎日新聞 2019年12月8日号より加筆して掲載