生命の起源は現代科学の最重要テーマの一つである。地球上の生命は今から38億年ほど前に誕生し、幾多の進化を経て我々人類まで継続してきた。ところが、その発端がどうだったのかは長い間の謎で、世界中でいまだに論争が続く。
こうした根本的な疑問に答えるため、生命を実際にラボ(実験室)で作ってしまおうという企画が始まった。たとえば、飛行機がなぜ飛ぶかを知るには、まず紙飛行機を作りそれを飛ばすことから始めようというアイデアだ。今では「合成生物学」という最先端の研究にまで発展した。
本書は第一線で活躍する生命科学者たちを徹底的に取材し、その現状を分かりやすく噛み砕いた啓発書である。
最初の3章は「生命の起源」に関する研究の基本を押さえ、何がポイントかを明らかにする。続く2章は、「生命の終わり」をつくる、「第二の生命」をつくる、という意欲的な内容で、生命科学がどこに向かっているのかを見通す。
その他にも、クックパッドに生命創生のレシピを投稿するといった奇想天外のエピソードとともに、スリル溢れる生命探求の現場を鮮やかに紹介する。
ここに垣間見えるのは、20年以上も研究者に質問を繰り返してきた著者のインタビューアーとしての力量である。研究者は都合の悪いことをなかなか言わないものだが、著者の誠実さが学者の「心のバリア」を突破する。ここには長年、科学雑誌『ニュートン』の編集に携わった経験が生きていると評者は感心した。
本書のもう一つの特色は、図版が美しく見ただけで理解の助けになる点だ。一般に、科学者のつくる図表は初学者にはむずかしく、図の掲載がマイナスになっていることも少なくない。
ところが、著者は本文と図版を見事にシンクロナイズさせ、イメージを惹起する上手な使いかたをする。科学アウトリーチ(啓発・教育活動)のお手本として、「科学の伝道師」を掲げる評者も大いに見習いたい。
本書を通読すると、地球上の生物が38億年もの長期間を生き延びたのは、生命を司るメカニズムの「多様性」以外の何ものでもないことが分かる。そもそも地球誕生以来の46億年が多様性を増してゆく歴史であり、拙著『地球の歴史』(中公新書)では全3巻もかけて説明したことを本書ではコンパクトに解説する。
実は、生命自体がこの多様性を利用したとしか思えない精妙さで、地球上での存在を盤石にしたのである。これも「生命を作ってみよう」という大胆な発想から見えてきたことだ。
その意味でも本書は、生命科学と地球科学の最先端を橋渡しする優れた入門書と言えよう。
「地球上のいのちは素晴らしい」と改めて思えるような現代生物学の入門書である。生命の不思議に興味をもつ全ての人に奨めたい。
※プレジデント2019年11月15日号「新刊書評」掲載