「ネットが生まれた時代に居合わせていたら、今ごろIT長者になっていたかもよ」。ある日酒場でそんな会話を耳にした。酔客の戯言ではあるが、草創期が可能性に満ちあふれているのは確かだ。そこには誰にでも成功できるチャンスがある。
あいにくインターネット革命はとうの昔に終わっているが、もしあのときの客に、いま米国を震源とした革命の波が世界に広がりつつあると教えてあげたら、いったいどんな反応を示しただろう。何しろそれは「マリファナ」をめぐる革命なのだ。
2014年にコロラド州が全米で初めて嗜好目的でのマリファナ使用を合法化したのをきっかけに、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州などが完全合法化へ舵を切った。その結果、いまマリファナ業界に莫大な資金が流れ込んでいる。シリコンバレーの超エリートやセレブが続々とマリファナ・ビジネスに参入しているのだ。マリファナ・ショップには行列ができ、デリバリー・サービスだってある。そこにはもはやアウトローやヒッピーのドラッグというマイナーなイメージはない。
本書は、4兆円市場とも言われるマリファナ・ビジネスの最前線をリポートした一冊。日本ではほとんど知られていない情報が満載の良書である。
マリファナは嗜好目的のほか、長く医療目的でも使われてきた。医療の分野では「カンナビス」と呼ぶのが一般的だ。これまでの研究で、カンナビスにはガン、てんかん、多発性硬化症、緑内障、アルツハイマー病など、多くの疾患の治療や予防に効果があると明らかになっている。米国では1996年にカリフォルニア州が医療使用合法化に踏み切ったのを皮切りに、現在31の州で医療目的での使用が認められている(嗜好目的と合わせた完全合法化は9州)。
ところが70年にニクソン政権下で規制薬物法が施行されてから現在に至るまで、DEA(麻薬取締局)は、マリファナをもっとも危険なドラッグの1つに位置づけたままなのだ。州レベルでは解禁の流れにあるものが、連邦政府では危険薬物とされているという矛盾がある。
本書はそのあたりの歴史的経緯も丁寧に解説している。本書を読んでわかったのは、マリファナそのものが、米国が抱える数々の矛盾を体現しているということだ。連邦政府と州政府、民主党と共和党、宗教と科学、自由と責任、人種、貧困など、さまざまな対立の中で、マリファナは争点とされてきた。そしていま、禁止から解禁へと歴史上の大きなパラダイム・シフトが起きているのだ。
現在、マリファナの医療使用を認める国は30カ国にのぼる。アジアでも18年に韓国とタイが医療使用を合法化し、フィリピンやマレーシアでも議論が進んでいる。では日本は? 残念ながら日本は議論の入口にすら立っていないのが現状だ。WHO(世界保健機関)は17年、CBD(カンナビスの医療成分)には乱用や依存症のリスクはないと結論づけた。先進国の中で医療目的での使用を認めていないのは日本くらいだという。
賛否の分かれるテーマには違いない。だが、いま我々が歴史の転換点にいることだけは事実だ。ぜひ先入観なしに本書を手に取ってほしい。
※週刊東洋経済 2019年9月28日号