『哲学と宗教全史』読み終えたとき、旅がはじまる

2019年9月17日 印刷向け表示
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哲学と宗教全史

作者:出口 治明
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2019-08-08
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著者の出口治明さんは不思議な人である。何が不思議って、分厚い歴史書を何冊も出しているにも関わらず、真の正体はビジネスマンなのだ。今は、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長をされている。どうして出口さんは何冊も歴史についての分厚い本を出版するのだろうか。趣味なのか、それとも哲学や宗教に疎い人が増えすぎた日本を危惧して、使命感を持って書かれているのだろうか。

本書の「おわりに」に次のような文章がある。

 本書は、その頃に僕が腹落ちした哲学や宗教の歴史を、記憶を辿りながらまとめたものです。忙しい毎日をおくっているビジネスパーソンの皆さんに、少しでも哲学や宗教について興味を持ってほしいと考えて、枝葉を切り捨てて(勘違いして幹を切り捨てているかもしれませんが)できるだけシンプルにわかりやすく書いたつもりです。

出口さんの著書はたしかにシンプルでわかりやすい。高校生でも理解しやすい論理展開で、歴史を丸ごと再構築してくれるのが特徴だ。学生時代に地域ごとの縦割りで学んだ歴史を、同時代に世界中でどのような動きがあったのか、という横の視点で教えてくれる。

例えば、第3章「哲学の誕生、それは”知の爆発”から始まった」では、BC5世紀前後に、数多くの考える人が登場したことが示される。ギリシャでは、ソクラテス・プラトン・アリストテレス、インドでは、ブッダやマハーヴィーラ(ジャイナ教の祖)、中国では、孔子や墨子たちが挙げられている。そして、それらの背景には世界規模の鉄器の普及と地球温暖化が影響している。

白状すると、私は出口さんの歴史本で何度か途中で挫折をしている。いつもWikipediaを片手に読み進めて行くのだが、途中で他に関心が移ってしまうのだ。しかし、本書は最後まで読み通すことができた。なぜだろう。

本書では、どのような人物がどんな宗教や哲学を生み出してきたのかを歴史の流れの中で学ぶことができる。今までの歴史本よりも人物にスポットライトが当たっているのだ。

例えば、ヨーロッパでプラトンやアリストテレスが建てた大学がローマ皇帝によって閉鎖され、キリスト教一色になった時代、大学の教授はイスラームの世界へ流れ込む。ちょうど中国の唐から紙の製造技法を得た時代と重なり、アラブ人たちは、ギリシャ・ローマの古典の一大翻訳運動を始める。その時代に活躍したのが、イブン・スティーナーとイブン・ルシュドという2人の哲学者だ。彼らは、イスラーム神学にギリシャ哲学の理論を導入し、イスラーム神学の進展に貢献する。

2人の哲学者は、例えば『全世界史』には出てこない。このように、哲学者の思想、そしてその時代背景、また前後の哲学者を追いかけるのは、移ろいゆく時代を漠然と追いかけるより理解が進むのである。

最後に、私は本書から宿題をひとつ受け取っている。それは、「なぜ、今、哲学と宗教なのか?」という問いに答えを見出すこと。実は、本書の「はじめに」のテーマとして、出口さんはこの問いに答えている。

宇宙についても人間の脳についても、解明できそうで解明できないことがたくさんあることがはっきりしてきたということは、まだ、宗教や哲学がこの先も生き残っていくことを示唆しているのではないでしょうか。

人間が抱き続けてきた2つの問い「世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか?」と「人間はどこからきてどこへ行くのか、何のために生きているのか?」に哲学と宗教は答えを見出してきた。そして現在は自然科学が答えを出しているように見える。しかし、どうやらそうではなさそうだ、と出口さんは考える。自然科学の発展の傍で、哲学や宗教は新たな時代を迎えるのではないかと。

それでは、私が「なぜ、今、宗教と哲学なのか?」と問われると何て答えるだろう。そのひとつは、偏見やステレオタイプを、なるべく自分の中から取っ払いたいから。気付かずに人を傷つけたり、間違えて人を理解してしまうことを出来るだけ減らしたい。しかし、それだけではなく、もっと視野を広げて考えられるようになりたい。

本書では、各哲学や宗教を掘り下げるために、たくさんの参考書が挙げられている。出口さんのお墨付きだから、安心して知識の奥深くまで入っていけるだろう。

本書を読み終えたとき、やっとスタート地点に立てた気がした。世の中を体系的に学ぶためのスタート地点だ。参考書に手を伸ばしながら、「なぜ、今、宗教と哲学なのか?」を考え続けていこう。

本書は465ページと分厚い。1日1時間を2週間続ければ読み終えるはずだ。こんなに分かりやすい哲学と宗教の入門書は、後にも先にも出るまい。是非、秋の夜長に挑戦してみてはいかがでしょうか。

堀内 勉のレビューはこちら

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