小中学生のころの愛読書は百科事典だった。『世界原色百科事典』(小学館)を「あ」から「わ」まで項目順に読み通した記憶がある。毎日寝床の中で昨晩の続きを読むのだが、今晩何が飛び出してくるのかが楽しみで、まさにこどもにとって知的大冒険だった。
百科事典の素晴らしさは無作為性だ。いまではネット検索で森羅万象を一瞬で調べられる。知りたい物事のキーワードを入力すればいいだけだ。しかし、ネット検索で知ることができないのは、一体自分は何を知らないかという哲学的なこと。百科事典はそれを教えてくれるのだ。
ところで、高校で使う生物の教科書が日進月歩で進化していることをご存知だろうか。酵母を使った遺伝子組み換え実験などが取り上げられていて、概念を文章で教えるのではなく、実際に生徒たちに実験させるようになっているのだ。一方、完成した学問といえる数学の教科書は半世紀以上ほぼ変化していない。
生物学はまさに産業のフロンティアであり、自分の健康だけでなく投資するときにも必要となる知識なのだ。最新の生物学を再学習しようとするならば事典が良い。それも生物学の基礎から最前線までを網羅した事典を選ぶべきだ。まさに本書はその目的で出版されたような貴重な一冊に仕上がっている。
まずは細胞、遺伝子、進化論などの生物の基礎。翼、脳、葉緑体などの生物の構造。共生、利他行動、適応などの生物の行動を学び直し、さらに分子モーターと体温、感覚の分子的機構、タンパク質の高次構造とヘモグロビン、ミラーニューロンと心、レトロウィルスとエボラ出血熱に学びを進められる一冊だ。
好きなページから読めるのも事典のありがたさだ。本文に添えられている写真や図版などを見つけて、その項目を読んでみるのも面白い。事典は大人の絵本でもある。本書のように索引がしっかりした事典を選ぶと良い。
※週刊新潮 2019年9月5日号