経営者や政治家といった方のインタビューを読むと、しばしば“尊敬する人”“目標にする人”として稲盛和夫という名を挙げるのを目にします。様々な著作のある著者ですが、『生き方』はビジネスパーソンだけでなく、様々な人に手に取られ、大ベストセラーとなりました。今回発売された『心。』は『生き方』の続編。発売直後から話題になり、多くの人の手に取られています。今回はこの『心。』を見ていきます。
まず発売(6/21)以降の売れ方から。
6月上旬に発売の告知広告が出ていたようで店頭に並んだのと同時にハイペースで売れています。6/29の日経新聞の広告を皮切りに売上のペースは上がり、その後新聞各紙に順次広告が出て週末の度に大きな山が出来ました。もっとも大きな売上は7月末~、首都圏のJRの電車に乗った方は目にした方も多いと思いますが、サンマーク出版が広告ジャックをした週でした。それ以前と比べ、二倍程度の売行きとなっています。(首都圏だけでこの影響が出ているところがなんともすごい話です)
続いて購買層を見てみましょう。
『生き方』がベストセラーになっていることなどから、女性読者も一定層いるだろうとは思っていましたが、45%以上が女性読者。想像していた以上の比率でした。世代別に見ると50代が最多。また、定年後世代にもよく手に取られているということがわかります。
それでは、この読者層は他にどんなものを読んできたのでしょう。『心。』購入者が過去1年に購入したもの上位10作品がこちらです。
銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 | |
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1 | 『一切なりゆき』 | 樹木希林 | 文藝春秋 |
2 | 『人間の本性』 | 丹羽宇一郎 | 幻冬舎 |
3 | 『誰にも負けない努力』 | 稲盛和夫 | PHP研究所 |
4 | 『樹木希林120の遺言』 | 樹木希林 | 宝島社 |
5 | 『生き方』 | 稲盛和夫 | サンマーク出版 |
6 | 『日本国紀』 | 百田尚樹 | 幻冬舎 |
7 | 『仕事と心の流儀』 | 丹羽宇一郎 | 講談社 |
7 | 『Think Clearly』 | ロルフ・ドベリ | サンマーク出版 |
10 | 『稲盛和夫魂の言葉108』 | 稲盛和夫 | 宝島社 |
10 | 『妻のトリセツ』 | 黒川伊保子 | 講談社 |
すでに良く売れている本ということもあって、上位はベストセラー商品が多め。抽出期間内に発売されている稲盛和夫の著作は上位に。丹羽宇一郎の本もよく読まれています。どちらも人間性や心といった哲学的なテーマを扱っているということも関係しているのでしょうか。
今年4月には稲盛和夫の評伝『思い邪なし 京セラ創業者 稲盛和夫』が出版されているのですが、こちらはちょっと順位が低め。著者が本人ではなかったこと、稲盛和夫という名前が副題になっていることなどが要因でしょうか。逆に『心。』が売れている今が読書のチャンスとも言えます。
10位以内には入ってきませんでしたが、雑誌『プレジデント』7/5号もよく売れています。特集は”稲盛和夫が教えてくれた「人間の器」の広げ方”。発売日が『心。』発売の直前だった事もあり、併売したお店も多かったのではないでしょうか。
それでは『心。』読者の最近の購読本から気になる作品をご紹介します。
16人のジャニーズアイドルがどんな努力をして今の座を勝ち取ってきたのかに迫る人気連載が1冊の本にまとまりました。テレビの前には決して見えてこない彼らの死にもの狂いの努力とは。何に苦労し、どうそれを乗り越えたのか。まだ、ジャニー喜多川の人材育成術も見えてきます。日本一のエンタメ集団には人生に活かせるヒントが盛りだくさん!
最近、ビジネス名著の新装版発売がちょっとした話題です。不朽の名作とも言われる『道をひらく』は有隣堂や啓文社といった書店で限定カバーがかけられ新装され、ジャケ買いが増えているとのこと。ハローキティーバージョンなんていうのも発売されています。名言の輝きは鈍ることなく、売り手の工夫によって読み手を拡げています。『人を動かす人になれ』も10年前の本、新版として発売され、新たな読者の手に届いています。
毎年この時期は戦争について考える本や昭和史回顧の本の発売が増える傾向にあります。こちらは「昭和史小説」。時代小説の書き手として注目されていた作家が近現代史に取り組んだものになります。国民の声を昭和天皇はどう聞いていたのか。昭和という激動の時代を天皇の姿を通じて描いた短編集です。
著者はあのミリオンセラー『キッパリ!』で一大ムーブメントを作ったイラストレーター上大岡トメ。その後、様々な人生のチャレンジを本にして発表してきていましたが、50歳を超えたところで自分のカラダの老化について真っ正面に向き合い色々考えた。というのがこちらの本です。
健康にとっても気を遣って生きてきた中で直面した老化。ヒトの寿命の設定は50歳までしか設定されていないという説があるそうで、でもまだはっきりしない老化のメカニズムや体の変化を興味深く眺めていきます。体が疲れているなと感じた時に手に取ってみるのもおすすめ。
出版業界もまさに“本業喪失”の可能性がある業界。その業界に生きるものとして気になる事は多いのですが、同じ業界にいるとは言え生き残るかどうかは、経営判断と戦略次第。同業種の企業の成功、失敗をわけた分水嶺がどこにあったのかを比較しつつ読み解きます。
「富士フイルムホールディングス vs. イーストマン・コダック」「ブラザー工業 vs. シルバー精工」「日清紡ホールディングス vs. カネボウ」「 JVCケンウッド vs. 山水電気」などが取り上げられています。
樹木希林の名言ブームがまだまだ終わりを見せない中、箴言を集めた本、メッセージを集めた本の人気が続いています。この『心。』が女性にも広く読まれているのは、ビジネスという場を超えた生き方指南に通じるところが大きいからなのかもしれません。
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今回の各種データからは、名経営者の経営学は宗教や哲学と通じるものが多く、そういった本と併せて読まれる事が多いという印象を強く持ちました。働き方改革が進み、人材確保が大きな経営課題になるにつれ、人付き合いや会社の環境作り、働く事の本質に迫る本の需要はより拡大していくのかもしれません。
あ、そういう意味では発売直後でまだデータで上がってきませんでしたが、出口 治明さんの『哲学と宗教全史』は必読書だと思います。