単行本「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」を出版してから早くも八年。思いがけず文庫化のお話をいただきました。あちこちに講演や講義でお呼びいただいた時に、けっこう「先生の伝記の本、面白かったです」と声をかけてもらえたり、サインをお願いしますと頼まれることがあって、ほんとうにありがたいことだと思っています。
何を書いたか忘れてしまっていることが多いことには、自分でもあきれてしまいます。こういったエッセイ風のものだけでなく、生業としている研究の論文でさえそうなのですから、どうしようもありません。
ときどき、必要にせまられて、昔、自分で書いた論文を読むことがあります。さすがにデータはおおよそ記憶していますが、ディスカッションになると、そうでもありません。しかし、読んでみると、じつに鋭い考察がなされているのです。思わず、おぉ、なんと深い、とつぶやいてしまうことすらあります。アホかお前は、あるいは、どこまで自己肯定的やねん、と思われるかもしれません。しかし、本当の話だからしかたないのです。
自分で書いた本を読み返すことは、資料として参考にする時以外、ほとんどありません。しかし、今回の文庫化にあたってはこの伝記本を読み返してみました。誰について書いたかくらいは、さすがに覚えていましたが、どんなことを書いたかは、当然のごとく、ほとんど記憶にありませんでした。
しかし、むちゃくちゃおもろい!昔の自分と対話しているようなものなので、信じられないくらい気が合うのです。そのうえ、昔書いた論文を読む時と同じように、おぉ、すばらしい考察がなされている、と思うところもいっぱいありました。
論文を書いたり、本の原稿を書いたりするときは、自慢じゃありませんが、ものすごく集中して考えます。けれど、書き終えたら、その内容がきれいさっぱり脳みそから出ていってしまう体質みたいです。そんなザル頭ですが、さすがに十年近くも年を経ると、経験知が増えて、違う角度から物事を考えられるようになっています。(より正確には、そう思いたい、ですが…)
ということで、文庫化にあたり、半分くらいの項目で、十年近く前に考えたことに、あらたに調べたり考えたりして、いろいろなことを書き加えました。おぉ、この数年の間にやっぱり賢くなったんちゃうんか、と、自己肯定感がいやます楽しい作業でありました。
最後に、あつかましくも自伝を付け加えてあります。自己肯定感が強いといわれる私ですが、自発的に書いた訳ではなくて、編集者さんにそそのかされてのことです。さすがに恥ずかしかったりするのですが、昔のことを思い出す楽しい作業でもありました。まったく偉大でない研究者であっても、けっこうな偶然や幸運があることを知っていただけたら幸いです。
単行本の「はじめに」にも書きましたように、生命科学の研究者の人生って面白いなぁと思ってもらえたら、また、そこから何かを学び取ってもらえたら、とてもうれしいことであります。
何卒よろしくお願いいたします。
『生命科学者たちの向こう見ずな日常と華麗なる研究』文庫版まえがきから
先月に出たところの新刊です。著者の自画自賛はこちら。
まさかの7万6千部となった本。HONZレビューは村上と東が。ありがたいことです。
ついでに、これもよろしく。
ついでのついでに、これも。