インターネット上で起こる国家間の「サイバー紛争」。その引き金を最初に引いたのは米国だ。ジョージ・W・ブッシュ大統領の許可の下、米国家安全保障局(NSA)とイスラエルのサイバー戦部隊により、「オリンピック・ゲームズ作戦」と呼ばれる作戦が実行された。その作戦では、イランの地下核施設に「スタックスネット」と呼ばれるコードを送り、ウラン濃縮に使う遠心分離機を制御不能にして爆発させた。空軍が爆撃すると戦争状態に突入する可能性が高いが、サイバー攻撃は隠密性が高く、犯人の特定が難しい。そのためシラを切りやすく、実に使い勝手がよい兵器といえる。米国が誘惑に駆られたのもわかる話だ。だが、その選択が自国を苦しめる。世界中の国々が米国に追随したからだ。
本書では各国のサイバー攻撃の実態が明かされる。特に高いサイバー攻撃能力を持つ国として挙げられたのが、中国、ロシア、北朝鮮だ。独裁国家は当初、人々が素早く情報を共有するインターネットを脅威として受け止めていた。しかし、使い方次第で独裁権力を強化し、民主主義の力を弱めることができると気づいていく。
中国は米連邦人事管理局から米政府職員2200万人のデータを盗み出した。これらをビッグデータ分析にかければ、中国に潜入するCIA(米中央情報局)工作員を割り出せる。
また米諜報機関は、ファーウェイの製品に「バックドア」が仕掛けられている可能性が高いと考えている。バックドアとは、データにアクセスするための裏口だ。ファーウェイが次世代通信技術「5G」のシステムを構築した場合、中国政府が世界中の政府の膨大なデータや機密情報を盗み見ることができると指摘。ファーウェイをめぐる問題は、ただの貿易摩擦ではなく、新たな覇権をめぐる戦いでもあるのだ。
一方、ロシアも独創的な方法を編み出した。「SNSの兵器化」だ。フェイスブック上で偽アカウントを使い、敵対する主張を掲げる保守とリベラルの団体をいくつも設立。実際の街頭活動まで企画し、対立をエスカレートさせた。その結果、米国社会の亀裂を深める事に成功する。さらに記憶に新しい事例は16年の米大統領選挙だ。ロシアがSNSを使って介入したことで、トランプ大統領の当選の正当性を貶めた。民主主義制度の根幹を攻撃するという、実に重大な問題である。
そもそも平時に行われる低強度のサイバー攻撃はスパイ活動なのか、犯罪なのか、軍事攻撃なのか。また、どの機関が対処すべきなのか。著者の取材により、こうした問題に対処できずにいる米政府の姿があらわになる。また、日々繰り返される低強度の攻撃にどの程度の規模で反撃すると、事態がエスカレートして本当の戦争が起こるのか。サイバー兵器による先制攻撃はどの規模まで許されるのか。答えを知るものなどいない。
冷戦時代の戦略家キッシンジャーは、現在のほうが冷戦時代より「ずっと複雑」「長期的にみればより一層危険かもしれない」と語った。米国はサイバー戦により、覇権を維持する力を少しずつ失い続けている。さて、日本はどう対処、適応するべきか?