田中泰延をご存知だろうか?知らない人は知らないが、知っている人は知っている人物だろう。(当たり前だ)田中泰延と書いて「たなかひろのぶ」と読む。私はこの人の文章がとても好きで、本が発売されたら、必ず読みたいと思っていた。彼のことは「非常によくおモテになる先輩」のツイートで知った。
非常によくおモテになる先輩に昔言われた。「彼女とよく喧嘩するんです」「彼女の話を聞いてるか?それ以前に…歩かせてないか?向こうはヒールだぞ。もっと大事なのは、彼女はお腹空かしてないか?もっともっと一番大事なのは、甘いもの食べさせてるか?」ほんとあれ以上大事な教えはなかった。
非常によくおモテになる先輩は言う。「習得するのに50年とか60年とか、非常に時間がかかるスポーツがあって、マスターできたかな、と思った時にはもう老人で、結局ぜんぜん体力的に楽しめない競技があったらどうする」「最初からやりませんね」「男にとって女性というのはそういうものだ」
上記のようなツイートを彼は定期的に投稿していた。(まとめサイトにツイートがまとめられているので、気になる人はそちらをチェック!)クレバーで、おもしろい人だと思ってフォローしていたところ、「田中泰延のエンタメ新党」という映画評をスタートさせた。(たまに映画じゃないものを評していて、これがまたおもしろい)映画好きの自分はこれを読んで完全にハマった。この映画評はとにかく熱量が高く、そして長い。平均で7000字から8000字で、長いものでは1万数千字もある。(マッドマックスの評が最高です。ぶいえいと!ぶいえいと!)
物書きは「調べる」が9割9分5厘6毛というだけあり、様々な映画からの引用や比喩、パロディなど、いろんなところから情報を引っ張ってきて、映画の話をしているはずなのに、常にあちこちに脱線しまくりで、ついつい最後まで読まされてしまう評だった。
この文章力の高さに驚いていたところ、自分の好きなバンドのひとつであるマキシマムザホルモンの「マキシマムザ亮君が惚れ込んだサラリーマンの独白」という記事を彼が書いていることを知る。当時、彼は電通の社員だったが、その後、退職し、青年失業家を名乗るようになる。青年失業家というネーミングセンスがまた素晴らしい!
その彼が書いた本のタイトルは『読みたいことを、書けばいい』だ。「自分が読みたいことを書けば、自分が楽しい」ということを伝えるためにこの本は書かれた。ただし自分の好きなことを好き勝手書けばいいという話ではないのであしからず。特に自分語りはほどほどに。
書店では大抵ビジネス書のコーナーに並んでいると思うが、この本をビジネス書といっていいのかは少し迷う。ビジネス書らしいところといえば、コラムにまとめられている広告の書き方と、履歴書の書き方くらいである。唯一ビジネス書らしいことが書かれている部分が、コラムとしてまとめられているというのが何ともユニークである。
広告の書き方については電通時代のノウハウが詰まっていることだけあり、この部分だけでも十分この本を読む価値があるだろう。青年失業家という肩書をみると、ふざけているようにしか見えないが、(実際に本の中でも大いにふざけている部分があるけれど)彼は大阪と東京のコピーライターズクラブで審査員をしている程の実力派である。なめてはいけない。
履歴書の書き方は真面目な人にとっては正直言って全く参考にはならない。しかしここまで思い切れる人がいれば、確かに採用されるかもしれない。本書には彼が就職時に書いたというエントリーシート(ES)が載っているのだが、これにはかなりの衝撃を受けた。この本の冒頭に出てくる【第一問:あなたはゴリラか?YES・NO】にも衝撃的は受けたけれど、このESを書けるのは天才か馬鹿かのどちらかでしかない。就職活動や転職活動をしている人は真似をしてみてたらどうだろうか。(ただし落ちても責任はとれないです。)
この本は業務用の「文書」を書く目的で買ってもあまり役には立たないだろう。しかし書きたい人がいて、読みたい人がいる「文章」を書きたい人、つまりなにかを表現したい人にとっては珠玉の一冊になるに違いない。と、ここまで長々と書いているのに、本文に書かれていたことについてはほとんど触れていないことに気がついた。
その本文こそが一番おもしろいところなのだが、それを読む楽しみを奪ってしまっては無粋でしかない。だからあえてそこには触れないままでレビューを終えようと思う。個人的にはぜひともエピローグの部分まで味わって読んでほしい。この本のラストはなんとなくジャッキー・チェンの映画にあるエンドロールのNG集のような感じがしてとても好きだ。最後はいつものことながら本文からの引用で締めよう。
書くことは、生き方の問題である。
自分のために、書けばいい。読みたいことを、書けばいい。
(追記)同じ話は何度してもいい、という信条のもと、本書はシリーズ化するつもり満々とのことだ。『読みたいことを、書けばいい。episodeV帝国の逆襲』『読みたいことを書けばいい。第14章フレディvsジェイソン』『読みたいことを、書けばいい。パート43最後の聖戦』まですべて内容は同じだそうです。そのバージョンの『読みたいことを、書けばいい』が売ってたら、それはそれで買ってみたい気もするので、出版社さんがユーモアで作ってくれないかなぁ。
完全に蛇足だけど、追記の元ネタはこちら。
泰延さんとも親交が深い古賀史健さんの文章術の本。これもまた文章術の名著です。