珍書というべきか奇書というべきか、何しろ驚愕の一冊である。『鼻から尿』??「♫チャラリー鼻から牛乳」の嘉門タツオもびっくりだ。それに『爆発する歯』??そんなことあるはずないやろ!という気がするのだが、いずれもがれっきとした医学雑誌に載っている症例報告なのである。17世紀から19世紀の医学雑誌に紹介されたさまざまな信じがたい論文を集めたのがこの本だ。さて、読めばどんな気分になれるだろう。
第一章『馬鹿馬鹿しいほど不幸な状態』に紹介されている『鼻から排尿する女』は、New England Journal of Medicine and Surgery、いまや世界でいちばん影響力が強い医学雑誌 New England Journal of Medicineの前身にあたる雑誌に1825年に掲載された「paruria eratica(尿放浪障害)」についての症例報告である。
尿がでない状態が72時間も続いたが、そのかわり、右耳から尿の匂いのする液体が出始め、2.5㎏にも達した。ついで左耳から、そして左目、胃、左の乳房からも…。驚くのはまだ早い、へそから噴水のように尿がわき出て、いよいよ鼻から尿が出だしたというのである。まるで人間水芸やないですか!
現代の医学をもってしても、まったく解釈は不能である。しかし、いくらなんでもこんな荒唐無稽な話をでっちあげて医学雑誌に投稿するとは思えない。いったい何がおこったんだろう。やっぱりひょっとしたら水芸使いだったのか。
第二章『本当にあった謎の「病気」』で紹介されている『爆発する歯』も理解不能なのだが、こちらは一例ではなくていくつもの症例があるという。第三章『こんな治療はお断り!』、第四章『痛さ極限、恐ろしい手術』、第五章『想像を絶する奇跡の生還』、第六章『信頼できない話』、第七章『日常に潜む「隠れた危険」』と続く全61話。どれもが相当におもろすぎて、どれをとりあげたらいいかがわからない。紹介してるうちに失神してしまいそうだ。
気を取り直して、第一章で紹介されている論文のタイトルを並べてみると、
・肛門に押し込まれ、後に引っ張り出されたフォーク
・数々の折りたたみナイフを呑んだ後、十年生き延びた男
-死後の身体の記述付き
・留め金をつけられた性器、包皮に硬性癌を発症する
・燭台に締め付けられたペニス
・バロー医師が気管切開により子どもの喉から取り除いた
ガチョウの喉について
これでようやく半分だ。書きながら、おもろすぎる!と思う人と、絶対こんな本は読めない!と思う人に人類は二分されるような気がしてきた。
せっかくレビューしてるのに、読みたくない気分にさせてはいけないので、ちょっとかわいいのも紹介しておこう。それは、<小児性子癇痙攣発作の風変わりな治療法>と題された論文での『「鳩の尻」療法』。「小児性子癇痙攣発作」、聞いたことのない病気である。それもそのはず、十九世紀まではあるとされていたが、現在の医学にそのような用語はない。まぁ、そのことはおいておこう。
その治療法たるや極めてユニークだ。若鳩の肛門を子どもの肛門に押し当てる、というのである。想像してみてほしい。痙攣発作をおこしている子どもの肛門に、鳩の肛門をおしあてているシーンを…。治療者は真剣だろうけれど、なんだかかわいくないですか?
しかし、こんな方法で治ることがあったというから、訳がわからない。さらに不思議なのは、よくなった場合は、どうやら鳩が疲弊して死んでしまったらしいことだ。いやはや、なにがどうなっているのか理解不能だが、おそらく子どもの熱性痙攣か何かだろうから、ほうっておいてもおさまることも十分に考えられる。ただ、どう考えても、鳩が死ぬ理由はわからない。医者が気合いをいれて握りすぎて、鳩があわれ圧死でもしたんだろうか。
こちらはあまりかわいくないが、もうひとつのお気に入りは<膀胱結石の破壊について>の論文。なんら変哲のないタイトルだが、内容はすこぶるユニーク。なんと、自分で尿道にヤスリを入れて膀胱結石を削って治療したというのである。すごすぎるやないですか。
東インド会社で大佐を務めていたフランス生まれのクロード・マルタン。この男、ただ者ではない。その経歴がちゃんとウィキペディア(英語版)でも結構長く紹介されている。軍人としてだけではなく、建築家、地図制作者、行政官としても活躍し、インドのヨーロッパ人として最も財をなした成金であった。そして、自分で自分の手術をした男としても知られている。
結石の治療は誰でも自分でできると確信している。別にそれほど器用でなくてもできる作業なのだ。が、他人にやらせるのは不可能だと思う。というのもどこが痛むのかは患者自身にしかわからない。-中略- ヤスリはとても小さい(厚みは麦わら一本以下だ)ので、結石と膀胱の壁の間に簡単に挿し入れることができる。ヤスリをかけるときは、半インチ(約1.3センチ)以上は動かさないように注意したほうがいい。
その器具はクジラの骨を柄にして先に編み針を付けたもの。小さくてもチクチクと痛そうで、読んでるだけであのあたりがキュッとなってしまう。そら、他人にはちょっとやってもらいにくいわ。しかし、それを自分で一日平均三回もしていたという。歯磨きじゃあるまいし、さすが普通の人ではない。しかし、いろんなことで活躍してたのに、ようそんな時間あったなぁ。
18世紀の終わり、すでに結石を手術する方法もあったが、その当時のことだから命懸けである。それもインドでのことだ。結石の痛みのことも考え合わせると、理解できないわけではないが、やっぱり普通はやらんだろう。ちなみに、煙突掃除人に陰嚢癌が多発することを看破した名医中の名医、外科医パーシバル・ポットは、この話を聞いても信じなかったという。そらそやろ。
注意:気分が悪くなるかもしれないので、想像力豊かでセンシティブな人は
ここでレビューを読むのをやめたほうがいいかもしれません。
目次を眺めているだけで、『胎児を吐き出した少年』、『頭に突き刺さったままのペン』、『チーズで釣ろう、サナダムシ』、『「蛇の糞」健康法』、『ぺっしゃんこになった水夫』、『ぶら下がる頭蓋骨、揺れる脳みそ』、『二股のペニス』、『胃でナメクジを飼う女の子』、『水陸両生幼児』、『キュウリの食べ過ぎが命取り』などなど、そそられすぎで、どうしても誰かに言いたくなってしまうような話ばかりだ。さて、あなたのお気に入りはどれだろう。
たとえ論文になっているからといって、医学的に考えて、すべてが真実とはとても思えない。しかし、ええやないですか。患者さんを診察・治療して、心底驚きながら大まじめに論文を書いた昔のお医者さんたちに思いをはせると、なんだかとても愉快な気分になってきませんか?
昔は恐ろしい医療がおこなわれてた。そんな時代に生まれなくてよかったと実感できる本。冬木のHONZレビューはこちら。
医療の歴史を裏返せば人体実験の歴史でもあった。この本、いまやこの分野の定番かも。HONZでは、内藤のレビューと仲野のレビューがあります。初めて解説を書かせてもらった記念すべき本です。その解説を朝日新聞の書評欄で「仲野徹の解説も要領よく秀逸である。」と、出久根達郎さんに絶賛されたのが自慢。
最近でもおもろい医学論文って、あるもんです。この本もHONZでレビューしました。
医学関係以外でもヘンな論文はあります。これは塩田春香によるHONZレビューが。ちなみに、二冊目の『もっとヘンな論文』もでています。