地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)の増加。従来はその排出を抑えることに注目が集まっていたが、最近では排出削減だけでなくCO2の吸収も注目されつつある。CO2の吸収といえば、森林などの陸上植物を想像しがちだが、実は陸上植物と同じくらいCO2を吸収し、大気中にもどしてくれている場所がある。海だ。
森林など陸上で吸収されるCO2は年間22億トンに対し、海が吸収するのは26億トン。地球全体のCO2吸収量の約半数以上を海が占めるとの分析が、国連環境計画(UNEP)や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などによってなされている。気候変動の鍵は海にあるといっても過言ではない。
海が吸収するCO2というと、ワカメやコンブなどを想像しがちだが、実際には目にみえない小さな微生物 ー本書の主人公の植物プランクトンー が大きく貢献している。本書では、この小さな巨人である植物プランクトンという切り口から、地球環境・海の生態系の進化という壮大なストーリーをひも解いていく。著者の着眼点はユニークで、意外な微生物がこれほどまで大きな役割を果たしていることに目から鱗が落ちるような思いだ。
海洋では、海面に生息する無数の植物プランクトンが光合成を通して大気中の二酸化炭素取り込み、その後、その植物プランクトンを発端とする食物連鎖の過程で海洋に大量の炭素が蓄積されていく。これを「生物ポンプ」といい、大気中のCO2吸収に大きな役割を果たしている。
IPCCによると、海は年間CO2吸収量が多いだけでなく炭素の貯蔵量が圧倒的に多い。大気中の炭素賦在量が8290億トン・陸上が2兆4700億トンに対し、海洋では38兆1550億トンもの炭素が溶け込んでいるという。植物プランクトンを起点とした海に炭素が蓄積されるダイナミックな仕組みができているのだ。
地球環境並びに海洋の食物連鎖を支える植物プランクトンだが、海洋全体に一様に広がっているわけではないという。アラスカ沖やペルー沖など、植物プランクトンの成長・増加に必要な栄養塩(特に鉄分)が不足している海が存在し、そこでは植物プランクトンの増殖が制限されている。
理論的には、鉄分含むミネラル散布により人工的に植物プランクトンを増やせば、CO2の吸収を増やすと言われているが、本格的な実証や検証はこれからだ。近い将来、植物プランクトンが地球温暖化防止に大きく貢献する日がくるかもしれない。
著者は植物プランクトンのもう一つの意外な貢献も解説する。海の生態系進化への影響だ。最近の著者の研究により、植物プランクトン珪藻が爆発的に増えた時期とクジラが進化した時期が重なっていることが分かった。クジラという海の巨大動物の進化に小さな微生物が影響していたという新仮説である。
海底堆積物サンプルを調べると過去に三度(3390万年前、850万年前、250万年前)、珪藻の産出量急増イベントが見つかった。これら時期には、大陸移動や海流構造の変化など大規模な地形変更がおきており、海洋湧昇が活発化し、海の低層に沈んでいた栄養塩や鉄が海面にも供給され、珪藻が急増することができたと考えられている。
なんと、この湧昇の活発化と珪藻類の大増殖が引き金となって、海洋で最大生物であるクジラ類が進化した可能性があるという。クジラ類生物の種類が多様化したタイミングとクジラが巨大化したタイミングが、上述の珪藻産出量急増イベントと重なるのだ。食物連鎖の起点となる珪藻の増加によって、海中のエサが豊富になり、クジラ種が多様化し巨大化した可能性が最新の研究では示唆されているという。0.1mmにも満たない極小生物は、地球環境・生物進化史の巨大なストーリーを紡ぐきっかけとなっていたのかもしれない。
本書は、あのガブリエル・ウォーカーによる『スノーボールアース』を彷彿とさせる壮大な探究ドラマである。著者は名古屋大学の准教授。日本人科学者で読ませる文章を書ける人は稀だが、著者はその一人である。壮大な仮設を妄創し、それをデータや研究結果で肉付けしてくという、研究の醍醐味が味わえる。ゴールデンウィーク中に子どもに読ませたい一冊だ。
地球史上最大の事件をめぐり、科学者たちが繰り広げる白熱の探究ドラマ。過去の書評はこちら。