一昨年の夏、ベトナムを旅した評者は、空港から車に乗った途端、おびただしい数のオートバイに圧倒された。
まるで魚の大群のようにオートバイの集団が交差点を横切っていく。気がつけば、こちらの車も前後左右を密集するオートバイに囲まれていた。あの迫力は忘れられない。
ベトナムは2輪車大国だ。年間販売台数およそ330万台(2017年)、このうち75%ほどのシェアを占めるのがホンダである。なにしろベトナムではすべての2輪車を「ホンダ」と呼ぶくらい人気が高い。中でも不動の人気を誇るのが「スーパーカブ」だ。
スーパーカブは1958年に日本で発売され、爆発的なヒット商品となった。いまもスーパーカブを見ない日はない。新聞や郵便の配達、飲食店の出前など、もはや当たり前のように私たちの日常の風景に溶け込んでいる。
驚くことにスーパーカブは発売から今日まで、商品コンセプトと、基本のメカニズム・レイアウト、造形のシルエットを変えていないという。各国で販売される際に、商品名や仕様の変更などは行われるが、基本形は変わっていないのである。いかに完成度が高い乗り物であるかがわかるだろう。
そのスーパーカブ・シリーズが17年、生産累計1億台を突破した。この数字は、原動機(エンジンと電気モーター)で動くすべてのモビリティの中で世界最高記録だという。あのT型フォードやVWビートルなどの歴史的名車をも凌駕したのだ。
スーパーカブの生産台数の推移をみると面白い事実に気づく。累計1億台のうち、最初の5000万台が売れるまでに47年かかっている。ところが次の5000万台はわずか12年で売れた。つまり21世紀になって猛烈に売れているのだ。2億台に到達するのも時間の問題かもしれない。
なぜスーパーカブはこれほどまでに世界で支持されるのか。本書はその秘密を探るために、ヨーロッパや東南アジア、南米諸国にまで足を運んで徹底取材した労作だ。
スーパーカブが支持される理由。それは庶民のモビリティとは何かをとことん追究したことにある。
例えばタイヤの大きさひとつにも開発者の本田宗一郎はこだわった。タイヤが大きいほうが走破性は高くなる。当時、日本の道路舗装率は20%に満たなかった。泥道や砂利道でも走れるスーパーカブは、道路状況の悪いほかの国々でも受け入れられていった。
乗る人がまたぎやすいシルエットも追究された。通常のオートバイのガソリンタンク部分が大きくえぐれたシルエットは、スカートでも、あらゆる民族衣装でも乗りやすい。
車体は軽く取り回しが楽で、高馬力。しかも耐久性も高い。優れた性能を備えたスーパーカブは、世界中の人々にパーソナルモビリティのある暮らしをもたらしたのだ。
いま近未来の乗り物として、パーソナルモビリティが注目されている。イメージされているのは、セグウェイのような1人乗りのコンパクトな移動支援ツールのようだ。はたしてスーパーカブを超えるような革新的なモビリティは生まれるだろうか。次世代のパーソナルモビリティのあり方を考える上で、本書は多くのヒントを与えてくれるだろう。
※週刊東洋経済 2019年2/9号より