あまりにもぶっ飛んだ発想だと思われるかもしれない。でも同時に、それが示す可能性に胸を踊らせずにはいられないのではないか。なんてたって、地球外文明の痕跡を探すことによって、わたしたち人類が地球温暖化や気候変動を生き抜くための方途を見つけ出そうというのだから。
最初に断っておくと、本書はけっして「あっち系」の本ではない。著者のアダム・フランクは、アメリカのロチェスター大学の教授で、『時間と宇宙のすべて』などの著書もある天文物理学者である。そんな科学者が本書において真剣に掲げるのは、「人新世の宇宙生物学」である。
自分たちの手で地球環境を急激に変化させ、その結果、気候変動(とくに温暖化)という大きな難局にぶち当たっている現在の人類。「人新世」とも呼ばれるこの時代において、自らの文明が今後も長く存続できるかどうかについては、けっして楽観ばかりはしていられないだろう。しからば、そうした危機を前にしてわたしたちは何ができるか。
そこで著者が提案するのが、上で触れたような非常にユニークな試みである。宇宙生物学の視点で考えること、なかでもその一環として、地球外文明の痕跡を探し出すことを、著者は提案するのである。
後述するように、著者の計算にしたがえば、宇宙の歴史のなかで文明を築いたのは人類が初めてではない。そしてそうだとしたら、(気候の物理は普遍的であるのだから)かつての地球外文明も同じような気候変動の問題に直面していたはずだ。であれば、そうした文明がどのような結末を迎えたのかを知ることで、目の前の難局とその対処についてわたしたちは多くのことを学べるのではないか。要は、「私たちに起こるかもしれないことをよりよく理解できるよう、彼らに何が起こったのかを知ろう」というわけだ。
というのが、著者の試みの基本的な発想である。さて、以上からわかるように、その試みは「人類以外の文明がこれまでに存在した」と仮定している。だがそもそも、そうした仮定ははたして妥当なのだろうか。また、かりに地球外文明の痕跡を発見できたとして、そこから何をどのように学べばよいというのだろうか。
じつは、それらの点について論じた箇所(第4章と第5章)が、本書で最もエキサイティングな部分である。以下では、第一の点に関する著者の議論を簡単に見てみよう。
議論の出発点は、ドレイクの方程式を再構成することだ。その有名な方程式は、「銀河系に存在する地球外文明の数」を7つの項から導こうとする。そこで著者は、それに少し変更を加えて、さらにシンプルな式を新たに提示する。それは、「全宇宙の歴史で存在した文明の数」を2つの項から導くもので、「A=fa×fbt」と表現される。
faは「ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)にあった惑星の数」を表す。そしてfbtは、「ハビタブルゾーンにある惑星で文明が生まれる割合」を表している。そのふたつの項を掛け合わせれば、「全宇宙の歴史で存在した文明の数」(A)を求められることは、専門家でなくともすぐに理解できるだろう。
さて、ここで重要なことは、とくにこの10年で進展した系外惑星革命もあって、いまやfaの値を大まかに計算できることである。もとのドレイクの方程式に倣って、その値を3つの項の積(これまでに存在した恒星の数×恒星が惑星を伴う割合×各恒星のハビタブルゾーンを周回する惑星の平均数)から求めると、それはなんと10の22乗になる。つまり、これまでの宇宙の歴史でハビタブルゾーンに位置していた惑星は、100億×1兆個にも及ぶというのだ。
これは何を意味するだろうか。ひとつ言えるのは、宇宙の歴史で文明を築いたのはおそらくわたしたちだけではないということである。なぜなら、「私たちは孤独である」(すなわちA=1)と悲観的に考えるならば、fbtに極端に小さな値(10のマイナス22乗)を割り当てなければならないからである。著者はその値を「悲観主義的限界」と呼んで、こう指摘する。
悲観主義的限界をどうとらえるべきかを検討するために、ゴルディロックスゾーン[ハビタブルゾーン]に位置する系外惑星が入った大袋を手渡されたところを想像してみよう。文明の構築に成功した生命が人類だけであるのは、たとえて言えば、この大袋から100億×1兆個の惑星を取り出しても、文明を発達させた惑星が一つも見つからないケースに等しい。…したがって、実のところ悲観主義的限界は、人類文明が宇宙史上唯一の文明であるためには、文明構築の可能性が途轍もなく低くなければならないと語っていることになる。
100億×1兆個の惑星というのは、何も発見せずに済ませられるような数ではない。単にその途轍もない数だけでも、人類が文明を構築した宇宙史上初の生命ではないと思わせるに十分だ。
以上をおもな根拠として、「そう、地球外文明はおそらく存在していた」と著者は考える。しかもその数は、必ずしも10や100ではなく、1000、100万、あるいは1兆かもしれない。だからその探査には賭けてみる価値が十分にある、とそう言うのだ。
では、かりに地球外文明の痕跡を発見できたとして、わたしたちはそこから何をどのように学べばよいのだろうか。すでに述べたように、その点について論じた箇所が、本書のなかで最もエキサイティングなもうひとつの部分である。そこにおいて著者は、「文明と惑星の共進化」という視点にもとづいて、それらの相互作用を記述する数理モデルの構築を提唱している。そのアイデアは瞠目すべきものであるし、また、モデルの具体例が示す結果は衝撃的だ。その議論の詳細について、ぜひとも本書第5章を参照してほしいと思う。
本書では、以上のような試みに加えて、科学者たちが「生命と惑星の共進化」という視点を発展させてきたストーリーが語られている。金星の温室効果を明らかにしたカール・セーガン、「自己制御する地球システム理論」というアイデアを生んだジェームズ・ラブロック、そして、文明の発展についての尺度を提示したニコライ・カルダシェフなど。書き手としても評価の高いこの著者だけあって、それらのストーリーも非常によく出来ていて、本書は最初から最後まで読者を飽きさせないものになっている。
ユニークな発想と、目の離せないストーリー。本書は、そのふたつが結びついた稀有な1冊だと言えるだろう。いやあ、じつにおもしろいものを読ませてもらいましたよ。