人類が発明した50のモノを、洗練された筆致で書き綴った、気軽な読み物だ。取り上げられているのは「コンクリート」や「紙」など手で触れられるものから、「経営コンサルティング」や「不動産登記」など目には見えない社会制度までと幅広い。
それぞれの章は独立していて読み切りだ。たとえば「電池」の章では、19世紀ロンドンで絞首刑にあった罪人の逸話から、電池が発明された18世紀のイタリアに飛び、20世紀の日本人によるリチウム電池へ、さらに21世紀のイーロン・マスクへと話を繋いでいく。
何世紀にもわたって連綿とつづく研究と開発。先人の仕事の上に築かれる新たなイノベーション。それらを広い視野でカバーしながらも、精密に描いていく。細筆で描いた絵巻のごとく、全体を鑑賞しながらも細部も楽しめる仕掛けが満載だ。
この本の読み方のひとつには、文章を勉強するという目的があっても良いかもしれない。短い文章をいかに論理的に破綻なく繋いでいくか。そしてバラバラの素材を使いながらも、全体としていかに調和のとれた大きな絵を描くか。本を読み終えて思わず、エッセイでも書こうかと、ワープロを立ち上げたくなる、そんな本でもある。
さまざまな発明の中には日本人が何人か登場する。ソニーのリチウムイオン電池、日立製作所のロボットなどだ。軽く、反応性の高いリチウムを使った電池は携帯電話の普及に多大な貢献をしたし、日立のロボットは人がするのと変わらないスピードにまで追いついた。
最後に著者は「電球」を取り上げる。その目的は照明の価格が、オイルランプ時代からLED時代になって、50万分の1に下がった意味を示すことだ。技術を礼賛するためではない。貨幣的なインフレと工学的なデフレを対比させるためである。
さすがフィナンシャル・タイムズのコラムニストである。経済学の視点から技術を見つめる一冊だ。
※週刊新潮より転載