以前、HONZでも書評を書かせて頂いた(『宇沢弘文 傑作論文全ファイル』)、経済学者の故宇沢弘文氏の旧宅「宇沢国際学館」に夜ごと集まって、経済や医療や国際関係などの話をする不思議な会合がある。
本書の著者の合田真氏とはその席で隣り合わせて、日本植物燃料という会社を経営しているというから、今関わっているリゾート施設のバイオマス発電の話でもしようかなと思ったら、京都大学で冒険部にいたけど中退したとか、アフリカでバイオ燃料をやっているとか、終いにはモザンビークで新しい銀行システムを作っているとか、初めはかなり怪しげな話だなと思って聞いていた。
そもそも、アフリカで「電子マネー経済圏」を作るのに、「20億人」と言っている所からして何かおかしいと思った。と言うのも、アフリカの現在の人口は12億人しかいないからだ。
ところが、合田氏の話す内容が100%フィンテック絡みの話で、それが金融出身の私には、結構、目から鱗で面白かったので、結局、2時間ほど二人で話し込んでしまった。とにかく本を送るから住所を教えてくれと言うので、届いた本を読んでみたら、これがかなりスケールの大きい突き抜けた内容で驚いた。
本書の冒頭に、「世界銀行の2015年のレポートによると、銀行口座を持たない成人は現在、世界に約 20 億人」いると書いてある。つまり、合田氏が言っていた20億人というのは、アフリカだけを相手にしている訳ではなく、現状のファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)から抜け落ちている世界中の人々を相手にした数字なのである。
合田氏は、こうしたファイナンシャル・アクセスのなかった人達に対して、新しい金融の仕組みを提供するための、「次の文明の設計図」を、今のうち世界に組み込んでおきたいと考えているのだそうだ。
そして、そうしたお金にまつわる新しい「ものがたり」を作ることで、世界をより良い方向に変えていきたいのだと言う。
合田氏のゴールは初めから明確である。それは、「世の中から不条理をなくす」ことである。
そして、そのために何とかしなくてはならないと考えているのが、エネルギーと食糧という「現実」、そして、それをどう分配するかというお金の「ものがたり」なのである。
これら三つのバランスをより良いものにしていくのが、自らが起業家として進むべき方向だと確信しているというのである。
本書を読んで、寺島実郎氏の『二十世紀と格闘した先人たち―1900年 アジア・アメリカの興隆―』が、哲学者の市井三郎の『歴史の進歩とはなにか』の一節を引用して、次のように述べている箇所を思い出した。
歴史の進歩とは、「不条理な苦痛―自分の責任を問われる必要のないことから負わされる苦痛―を減らすこと」というのである。自分の運命を自分できめることのできない不条理を制度的、システム的に減らすこと、その視点からすれば、人間の歴史は少しずつではあるが前進していることを確信できよう。確かに、今日もなお「不条理」は厳然と存在しており、それに対する問題意識と闘いを忘れてはならないが、二十世紀に獲得したものの大きさを確認する中から、次なる課題に挑戦すべきなのであろう。
合田氏は正にこの「不条理」と戦っているのだと思う。
そして、そのために、「新しい仕組みの銀行」を作ろうとしているのであり、単にブロックチェーンや電子マネーというテクノロジーを使うことでもなければ、そこから金儲けをすることを意味しているのでもない。
合田氏が考える、現在のお金の「ものがたり」の最大の問題点は、「お金でお金を稼ぐ」のを是とすること、即ち、「複利」で稼ぐモデルであり、これは現在の世界では、最早成り立たないシステムなのではないかと言う。
その上で、合田氏が構想する「新しい仕組みの銀行」は、預金者へは金利を約束せず、一方で融資を受ける人から複利の貸出金利を取ることもしない。
メインの収入源は、電子マネーを使って買い物をする際などの決済手数料とするモデルであり、預金者個人に金利という形での還元を約束しない代わりに、決済手数料などで得た収益の20%を預金者に還元する。
但し、分配する先は、個人に1%、残りの19%は村単位に分配し、村に分配した分はインフラや事業の設備投資などに使ってもらうというものである。
元々、金融の専門家ではない合田氏は、フェリックス・マーティンの『21世紀の貨幣論』、トーマス・セドラチェクの『善と悪の経済学』、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』など、多くの金融や経済の本を参考にして、そこから金融の本質をえぐり出している。
このように「金融」を新しく定義し直し、もう一度、「本当に世の中のためになる金融とは何か?」を問い直す姿勢は、今、私自身が研究対象としているソーシャル・ファイナンスそのものである。
金融は、今、これまでコーポレート・ファイナンスが追求してきた経済的価値のみならず、社会的価値をも追求するべき時代になっており、そこにこれからの金融の生き残る道が残されているのである。
そして合田氏は、2016年の世界食料安全保障委員会の会合で、グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌスらと、ソーシャル・ビジネスによる貧困や飢餓の克服について語るなど、今、この世界の最前線にいる。
本書を読んで、合田氏の構想力と突破力に改めて感心した。今回は日経BP社からビジネス書として出版されたが、切り口を変えて、別の出版社から、一人の日本人青年の波乱万丈な冒険物語として出し直しても十分通用するのではないかと思う。
1975年生まれの43歳という合田氏の年齢が若いか若くないかはともかくとして、自分より一回り以上も下の世代から、こうした日本人が出てきたのを見るにつけ、日本の将来もまだまだ捨てたものではないのだと思う。