『ファイナンスの哲学』は、資本主義の本質的な理解に必要な概念を分かりやすくまとめた一冊だ。経済原論の教科書としても機能するうえ、古今東西の俊英たちが考え抜いてきた最高の思考に触れることができる。この本を「特に起業家は絶対に読むべきだと思う」とレコメンドするのが、自身も起業家であり、また数々の起業家とイノベーションを起こしてきた孫泰蔵さん。本書の読みどころを、特別に寄稿いただいた。(HONZ編集部)
僕は一応、経済学部を卒業した学士なのだが、正直に告白すると、経済学があまり好きではなかった。単位を取るために義務的に勉強したが、自らその面白さにのめり込むことはなかった。
また、卒業後も会社を立ち上げたことを契機に経済活動に勤しみ、最新のファイナンスのテクニックを駆使し、新自由主義(neoliberalism)が席巻する現代の資本主義経済のダイナミズムをハックしてうまくやってきたが、いつの時代も金融そのものを面白いとはちっとも思えなかった。むしろずっと嫌いだった。
それがなぜなのか理由を考えたことはなかったが、多摩大学大学院特任教授の堀内 勉 (Tsutomu Horiuchi)氏のこの本を読んで思わず膝を打った。
今日のファイナンスのつまらなさは、企業の財務活動からすべての人間的な側面を捨象し、すべてを数学の世界に還元してしまったことにあるのではないか。
そう語る著者の弁は、まさに自分が感じていたことそのものだった。経済学は「社会科学」を標榜するが、シカゴ学派からクオンツに至るまで今日の経済学が駆使する数理モデルは、学問の徒として素人に近い僕でさえも「現実の経済を扱う学問ではなく、架空の世界に関わる学問になってしまっている」(経済学者トーマス・カリアー)と感じる。
そんななか、本書は「お金」や「信用」「資本」など10の概念について解説しつつ、人間の人間的な側面とファイナンスを再びつなぎ合わせることによって、今の資本主義の限界を超え、人々に幸福をもたらすにはどうすればいいかを問いかける意欲的な著作だ。
また、著者がこれはと思う主要な経済思想や哲学がふんだんに紹介され、経済原論の教科書としても機能するうえ、古今東西の俊英たちが考え抜いてきた最高の思考に触れることができる素敵な教養のガイドブックでもあるので、「経済ってよくわかんないけど、経済とか社会ってどうなってるんだろう?」という人には非常にオススメだ。特に起業家は絶対に読むべきだと思う。
事例を紹介しよう。ドラッカー氏は「マネジメントの父」として様々な鋭い洞察で有名だが、とりわけ彼のこの弁を紹介する本書は非常に痛快だ。
利益について、ピーター・ドラッカーは、次のように述べている。「事業体とは何かを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違えなだけではない。的外れである。もちろん、利益が重要でないということではない。利益は、企業や事業の目的ではなく『条件』なのである。また利益は、事業における意思決定の理由や原因や根拠ではなく『妥当性の尺度』なのである。」
また、最終章で教育について著者は次のように語る。
社会的な不平等や不正義を正したいという思いから起業する起業家も多い。こうした強い思いを抱いて、社会をより良くしていこうと考える起業家、企業人、富裕層を増やして、自発的な富の循環のモメンタムを強めることが、教育の重要な目標の1つだと考えている。
「金は天下の回りもの」と昔の人は言ったが、著者のおっしゃるとおり「社会をより良くしていくための自発的な富の循環のモメンタムを強める動き」を今こそ我々は求められているのだと思う。
僕も幸運にして得られた恵みや豊かさを積極的に循環させるので、僕の友人たちよ、君もどうかぜひ僕に美味しい飯と酒をおごってくれないか(ただのおねだり(笑))。