歩くという行為に魅せられた冒険者は、世界の隅々まで足を運び、新たな発見を得る。それが未開の地であろうと、多くの人が足を運ぶ場所であろうと、日数をかけて歩くと、頭がスッキリして、自分の価値観が明白になる。本書の著者、小島聖は歩くことで何をみつけたのだろうか。
彼女が最初にトレッキングに魅せられたのは、初めて訪れたネパールでのこと。カトマンズ市内を観光し、ポカラ観光、そしてアンナプルナ側のナヤプルからプーンビン(標高3198メートル)までのトレッキング、チトワン国立公園でサファリという旅程で自然に身を委ねた。すると、「潜在意識のある一部分を開花させてくれた旅」となった。
ネパールを好きになったら、通わずにはいられない。翌年もネパールを訪問し、目的はトレッキングに絞られた。ルクラ(2860メートル)という、エベレスト街道の玄関口から、シャボンチェ(3780メートル)までのトレッキングでは、視野の端っこにエベレストがチラチラと光る6泊7日のトレッキングに挑戦。
その翌年、今度は5360メートルのゴーキョピークに挑戦。8000メートル峰の四座やエメラルドグリーンの氷河湖やゴジェンバ氷河に心を打たれつつ、11泊12日のトレッキングで見事に登頂した。
小島聖、おそるべし。よっぽど山の人間だったのか、ヨーロッパに赴けば、スイスのマッターホルンへ、フランスのモンブランへと、自分の経験値をあげていく。
本書は、小島聖が都会と大自然を行き来するなかで感じたものを記した、ごく個人的な旅エッセイ集である。バックパックで何日も自然のなかで過ごす旅行記としても面白いのだが、女性らしい丸い雰囲気とマイペースな文章が本書の魅力を引き立てている。初めて出会う自然現象や自然が産んだ風景が彼女の心を満たし、素直に文章に落としていく過程で、彼女を取り巻く環境も徐々に変わっていくのである。別れ、結婚、妊娠、そして新しい家族・・・。彼女自身も川の流れのように止まることをしらない。
第1章は、前半にも記載したネパールとヨーロッパの山々の記録、第2章では、アメリカ・カリフォルニア州内で、ヨセミテ渓谷からスタートし、アメリカ本土最高峰のホイットニー山を目指す『ジョン・ミューア・トレイル』に挑んだ日々について、第3章では、パートナーと訪れたアラスカについて記されている。
彼女はどこの国に行っても、挑戦している感じはなく、あくまでも日常の延長のような旅をしている。それは、常に食を大切にし、あらゆるアレンジを加えて楽しむ姿勢から感じるようだ。
ネパールでは、食文化をよく表す紅茶やチベタンブレッド、日本で言う豆カレーのようなダルバート。「ジョン・ミューア・トレイル」では20日間歩き続けるためのエネルギを補充し続けるためのパッキングリスト。(調味料も含めると100近い種類の食料が用意された。)そしてアラスカの荒野では、野生のベリーやキングサーモンといった土地の旬なもの。彼女が食を貪欲に楽しむ姿は、本書の見どころのひとつである。
以下は、料理研究家の細川亜衣さんが本の帯に記した一節だ。
小島聖という人は、私たちが一生かかっても見ることのない光を、嗅ぐことのない香りを、感じることのない食べる悦びを知っている。そんな彼女の記すレシピは、どんな料理人が書いたものよりも生生しく、美しく、尊い。
本書に登場する旅は、いろんなことが特別で、なかなか手軽に挑戦できるものではないかもしれない。でも、感動したり、心が洗われたり、自然の大きさに心が押しつぶされてそうになったりと、身を以て経験したことや感動したことを、素直に言葉にする、当たり前のようでとても難しいことをやり遂げてしまう小島聖を、どこまでも見続けていたいと思った。