最近の人類は当たり前のように未来に生きているので、もうみんな宇宙旅行とかにガンガン行っていると思うのだけれども、そうした時にぜひ一読しておいてもらいたいのが、本書『太陽系観光旅行読本:おすすめスポット&知っておきたいサイエンス』である。月や彗星、火星に金星、はては冥王星まで、各種惑星にどうやって行くのか。各惑星はどのような大気組成であり、地面はあるのか。観光スポットはどこなのかを細部にわたって教えてくれる一冊だ。
いわば旅に行く時に一冊あると嬉しい宇宙の歩き方だ。書名だけ読んで、中身ペラペラのジョーク本かと思いきや中身はガチである。まず「準備」の章では、NASAが定める現実的に必要な能力と準備が載せられているし(視力は両目とも1.0、軍隊式水中サバイバル経験済み、スキューバライセンス、水泳試験、耐圧試験、重力訓練など)、人が宇宙にいった際に起こりえる様々な事態について細かく記述してくれるのが嬉しい。たとえば宇宙空間で目を閉じてだんだん眠りに入っていくと、眼球の内部を勢い良く進む宇宙線によって明るい閃光がみえるのだという──とか。
各惑星の紹介もガチのガチで、直径、質量、色、公転速度、重力、大気の成分、組成、一日の長さ、公転周期、季節変化、地球にテキストメッセージが届く時間などなどの情報がWikipedia的に網羅された後、きっちりと”観光として”何が楽しめるのかを紹介していってくれる。月ぐらいならまだ観光名所としての紹介もわかりやすいが(アクセスもいいし、アポロ計画の着陸地点だってある)、土星や木星のようなガス惑星なので”そもそも着陸できねえよ”な惑星まで無理やり観光名所として紹介しているので笑ってしまう。しかもその説明がやたらと細かいのだ。
黄褐色のガス惑星に近づいてまず気づくことのひとつは、その環の美しさです。遠くからでは、土星の環は継ぎ目がなく、平らで、静止しているように見えます。ところが近づくにつれ、ひとつながりと見えた姿はバラバラのかけらの集合体だとわかってきます。宇宙を漂うこの氷のかけらのなかには、建物ほどの大きさのものもあれば、うんと小さなものもあります。みな重力の影響を受けて土星をまわり、中心から近いものは遠いものよりも速く周回しています。環と環のあいだが大きく空いた隙間には小さな衛星がみえるかもしれません。
本書では無数の惑星の見どころを紹介していってくれるのだが、中でも僕がこれはいいなと思ったのは水星だ。水星はとてもゆっくり自転しているので、日の出の太陽に追いつかれずに歩くことができる。水星の明暗境界線は時速3.5キロなので、日の当たる面と暗闇とのドラマチックな境界線を歩き続けることができる──ただし、もし一瞬でも歩くのが遅れて直射日光を浴びてしまったら、宇宙服を着る普通の人間は炭の塊となって死んでしまうだろう(かなしい)。
そもそも行くのが大変な惑星たち
本書の描写は一環して科学的/化学的なのが魅力的なのだけれども「アクセスの仕方」もちゃんと説明してくれているのがいい。たとえば火星にいくのなら一番いいのは、太陽から最も遠い点が火星、最も近い点が地球となる楕円を描くホーマン遷移軌道のときだ。この状態になるのは火星の約1年に1度で──と、このへんの話は映画『オデッセイ』を観た人にはおなじみだろう。
だが火星ならマシだ。片道一年もないのだから。他の惑星──たとえば天王星までは29億キロあるので、最適なタイミングであっても10年近くかかってしまう。その場合、もう観光旅行ではなくなってしまうだろう(戻ってくる頃には学生だったら卒業か退学、社会人もクビだ)。もっとヤバイのは海王星で、地球から43億キロも離れているうえに、太陽のまわりを時速1万9000キロで回っているため(地球は10万7000キロ)速度を合わせるためだけでも莫大な燃料を必要とする。
行く時には木星や他の惑星からの重力アシストがほぼ必須だが、2020年から2070年のあいだにはそうした惑星からの後押しを受けられるチャンスは20回しかない。往復するだけでも20年以上かかるので、やはり仕事や学校を辞める覚悟がいるだろう。
おわりに
もちろん我々はまだこれらの惑星にはいけないわけだけれども──本書を読んでいつか、きっとくるその時に思いをはせるのも悪くない。フルカラーで各惑星の写真や図やイラストがたくさん入っているのも読みどころで、非常に満足度の高い一冊だ。