21世紀の今、人類は世界のあらゆる場所にまで生息範囲を広げ、多くの生物を絶滅に追いやり、地球環境そのものを変えるほどの力を持つにいたった。どのような能力が、人類をこれほど繁栄させたのか。持続的な二足直立歩行も人類の特徴ではあるが、何よりその知能が私たちを特別な存在としたことは間違いない。意図的な核融合、宇宙への旅行、地球の裏側との瞬時のコミュニケーションを可能にするのは、人類の叡智だけだ。
あまりに多くのものを手にしたために、私たちはこの知能を人類にのみ与えられた特権だと勘違いしがちである。特に鳥は昔から愚かな生き物だと考えられてきたという。英語では落ち着きのない人を「鳥頭」(bird brain)と呼ぶ表現もある。確かに、ただ何気なく眺めているだけでは街にいるカラスやスズメから、知性を感じることは難しい。しかし、気の遠くなるようなフィールドワークによって得られた事実を裏付けとして、よりつぶさに鳥たちの姿を見つめてみれば、全く違った景色が見えてくる。
驚くべきことに、鳥は道具を作り、自己を認識し、因果を推論し、社会的学習によって知恵を伝え、確率を理解することができるのだ。そもそも、野鳥の総数は2,000億から4,000億羽と見積もられており、繁栄の度合いを個体数で計測すれば人類が最も繁栄しているという考えも怪しくなってくる。本書の著者であるサイエンスライターのジェニファー・アッカーマンは問いかける。
人間のほうがより繁栄あるいは進歩しているという考えは、繁栄や進歩をどう定義するかにかかっている。結局、進化は進歩ではなく生存の問題だ。それはまた環境にかかわる問題を解決することであり、鳥はこれを長期にわたってじつにうまくやってきた。こう考えると、私たちの多くが、愛鳥家でさえも、鳥が私たちには想像もできない点で賢いという事実を受け入れようとしないことに、私は驚く。
アッカーマンは、自身の足で世界中を飛び回りその目で鳥の驚異的知能を目撃しながら、最新の研究成果をまとめていく。その過程で、霊長類や人類だけの専売特許と考えられていた能力が、実は鳥にも備わっていることが次々と明らかになっていく。鳥たちの知られざる姿が400頁にもわたってこれでもかと詰め込まれていながら1,500円未満という価格は、お買い得という外ない。
何より興味深いのは鳥の知能を考察することを通じて、知能とは何か、人間とは何かを考えることができるところだ。そもそも人間でも鳥でも、知能を定義することは困難であり、その測定はさらに難しい。IQテストが人間の知能のすべてを表現していると考える人はいないだろうが、ある程度の基準とすることはできる。ところが、鳥を対象とした標準的な知能検査など存在しない。そのため世界中の科学者たちが頭を捻って、鳥の認知能力を計測できるようなパズルを考え、鳥に解かせようと悪戦苦闘している。
鳥が協力してくれる実験を実施するのは想像以上に大変だ。マギル大学の生物学者ルイ・ルフェーブルが主導した、コップに入れた種を食べるまでの時間を計測する実験は、用心深いニショクコメワリ相手ではうまくいかなかった。種を入れたコップがその警戒心を掻き立ててしまったようで、ニショクコメワリが種を食べるまでに5日もかかってしまったのである。ニショクコメワリと共通の遺伝子型を持ち同様の環境に暮らすアカウソは、同様の実験で5秒で種を発見した。この結果だけからアカウソの方がニショクコメワリより餌を見つける知能が高いなどと結論付けることはできない。ニショクコメワリの慎重さは、危険に満ちた自然界を生き抜くための高い知能かもしれない。ルフェーブルは、動物を対象とした実験の在り方について次のように語っている。
もし研究に協力してくれている動物がすべての実験でいい成績を出せないようなら、問題は動物ではなく、研究者のあなたの側にあるのかもしれません。つまり、あなたが鳥の世界観を正確に理解できていないのです
本書では、鳥の驚異的知能を示す興味深い事例が紹介されるだけでなく、その知能を可能とした進化的・生物学的背景についても紹介されている。次々と突きつけられる鳥の知能と人間の知能の類似性に、私たちの知能が私たちだけの特権ではなく、収斂進化の賜物だと痛感するはずだ。3億年も前に進化の道を違えた鳥と人類だが、2014年の研究では「ヒトが言葉を覚えるときと鳥がさえずりを習得するときの遺伝子の活動に驚異的な類似性が」確認されてもいる。
鳥の知能を理解するために、研究者たちは身体にも頭脳にも汗をかいている。少しでも気を抜けば、素晴らしい可能性を秘めた知能は、簡単に見逃されてしまう。気にかけるべきは鳥だけではないかもしれない。文明の衝突がさまざまな問題を引き起こしている現代において、他者を理解することの難しさと重要性を同時に教えてくれる。
本書の帯にも推薦文を寄せている川上和人氏による抱腹絶倒の一冊。HONZでも多くのレビュアーがこぞってレビューした。
ダチョウの力も全く侮れない。
本書と合わせて読みたい一冊。澤畑塁のレビューはこちら。