ほんの十数年前に登場したばかりのスマートフォンがそうしたように、新たなテクノロジーは私たちの生活を一変させる。AI、仮想通貨、ブロックチェーンのような新たなテクノロジーが誕生する速度は加速度的に増し、1つのテクノロジーが与える影響もより大きなものとなっている。グローバル化の進展によって小さくなった世界では、破壊的テクノロジーの影響は一瞬にして世界中を駆け巡り、直ぐにあなたの日常に入り込んでくるのだ。「人間とコンピュータの協調」をテーマに世界の研究をリードするMITメディアラボ所長を務める著者の伊藤穣一は、誰もがテクノロジーを理解すべきだと説く。
テクノロジーはもはや「一部の人たちのもの」ではありません。現代社会を生きる人々が、共通して理解しておくべきものになりつつあります。なぜなら、テクノロジーは、現代に生きる私たち一人ひとりに影響を与え、これまでとは違う生き方を迫ってくるからです。
これは、「多くの人々が技術的な仕組みを理解すべきだ」ということではない。テクノロジーの背後にどのような思想・哲学があるのか、そのテクノロジーが経済や社会をどのように変えうるかを「教養」として理解しておく必要があるということだ。
本書は、「経済」「社会」「日本」という3つの切り口から、現代社会を生き抜くために必要な、教養としてのテクノロジーを教えてくれる。規模こそすべてと拡大を続けるシリコンバレー的方法論の限界、仮想通貨が依って立つ哲学、今後の日本の可能性などがコンパクトにまとめられている。技術の詳細について深堀することはないので、理系の話題が苦手な人でも読み通すことができる。読了するころにはテクノロジーにまつわる教養が身につくとともに、新たな分野への知的好奇心が刺激され、社会を変える力を持つ技術をその仕組みから理解したくなっているはずだ。
IT革命以降、世界を変えるテクノロジーを生み出す中心地としての役割を果たしてきたのはシリコンバレーだ。著者は、投資家としてシリコンバレーの企業を数多く見てきた。そして、「規模こそすべて」「科学信奉」という2つの思想的基盤に駆動されるシリコンバレー的やり方に疑問を感じるようになったという。規模の拡大やAGFA(Apple, Google, Facebook, Amazon)への集中は社会全体のレジリエンスを低下させているのではないか、過度な技術信奉は理想主義に陥り目の前の社会問題から目を背けさせているのではないか。著者は常に本質に立ち返り問いを立て、思考を発展させていく。「シンギュラリティ教」や「AIによって奪われる仕事」というニュースを賑わすトピックにも、新たな視点が与えられる。
仮想通貨を取り扱うパートの章題は、「「仮想通貨」は「国家」をどう変えるのか?」である。教養として仮想通貨を理解するために、国家とテクノロジーの関係性を知る必要がある。著者は、インターネット黎明期の、国家統制へ対抗しようというムーブメントから仮想通貨の解説を始める。コンピュータやネットに広がる仮想空間中に、国家に統制されない、理想的な世界をつくるためには暗号化技術が非常に重要だった。この流れの中で現在でいう仮想通貨的存在となる「デジタル・キャッシュ」という概念が生まれ、1989年には「eキャッシュ」の開発者がデジキャッシュ社を創業した。eキャッシュは1995年に、アメリカのマーク・トウェイン銀行で実際に発行されている。
伊藤は自身のHPにeキャッシュを導入する等して、デジタル・キャッシュ黎明期から20年以上仮想通貨に直接的に関わりながら、「国家とはなんだろうか?」を考え続けてきたという。もともとリバタリアニズム的発想から誕生した仮想通貨も、「規模こそすべて」の思想に飲み込まれ、様々な派生物を生み出している。ICO(イニシャル・コイン・オファリング)がどのようなものか、仮想通貨にはどのようなガバナンスが必要なのか、著者の伴走で理解すれば、次々と生み出される新商品に惑わされることはなくなるだろう。
本書のもう1人の著者であるMITメディアラボ研究員であるアンドレー・ウールは、テクノロジーが教育をどう変革させていくかを考察する。産業革命以降は工場労働者を、続いてホワイトカラーを排出するという役割を果たしてきた義務教育が変革のときを迎えていることは誰もが認めるところだろう。では、どう変わっていくのか。ウールは、あたかも学校が存在しないかのように子供を育てる「アンスクーリング(Unschooling)」と呼ばれるコミュニティの在り方を紹介する。何を学びたいか、どのように学びたいかを子ども自身が決定するこのアンスクーリングは、アメリカで大きなムーブメントになりつつあるという。年長者から年少者へ知識を授けるという教育のパラダイムは、大きく変わっていく。
最後のパートでは、伊藤が外から見た日本への提言を行っている。人口減少、高齢化、貧困の増大など、日本社会の将来予測には明るい話題を見つけることは容易ではない。それでも、より良い未来を実現できる可能性は間違いなく存在する。そのためには、社会システムの大部分に変革をもたらす必要があり、日本で変革を促すには「空気」を醸成することが重要だと著者はいう。より多くの人々が、本書でテクノロジーについての教養を得ることができれば、空気は少しずつ変わっていくはずだ。
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