一昨年、父を亡くした。88歳という年齢に不足はなかったとはいえ、その日まで普通に暮らしていた人が倒れ、救急車で搬送されて一か月でなくなってしまうとは、本人も家族もまったく想像していなかった。ましてその間、苦しみ抜くなんて、なおさらだ。
それから私は安楽死について深く考えるようになった。今の日本では許されない、自分が死ぬ時期を決めるということ。苦痛に苛まれた末の死は本人だけでなく、家族はもとより医師や看護師も辛いだろう。それならば患者本人に死ぬ権利を与えたらどうなのか。
著者の宮下洋一はスペインのバルセロナを拠点にするジャーナリストである。パートナーは特別養護老人ホームに勤務する看護師で末期癌患者の緩和ケアも行っている。安楽死が認められていないスペインでは患者が苦しみ抜いて亡くなることもある。その姿をみて彼女は自分なら安楽死したい、という。宮下本人はその考えに懐疑的だ。そこで世界の安楽死と自殺幇助の現場を巡る準備を始めた。
この本で紹介している安楽死や自殺幇助は、自然な死を迎える前に、医師の手を借りて死期を早める行為である。合法化されているのはスイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、アメリカの一部の州、そしてカナダ。
最初に接触したのは合法的に自殺幇助を認めているスイスの団体「ライフサークル」。この代表であるエリカ・プライシックは医師として安楽死希望者を診察し、国内外の患者150人に希望した死を遂げさせた。この団体では、かなり厳しい条件の元、外国人の安楽死志望者も受け付けているのだ。
宮下はここで自殺幇助の現場に臨場する。81歳の英国人女性で悪性腫瘍の末期。夫に先立たれ子供もいない。人生に十分満足しているので、苦しんで生きるより幸福のまま逝きたいという。その翌日、この女性は左腕に刺した致死薬の点滴のストッパーを開放した。
オランダ、ベルギー、アメリカ、スペインと安楽死を希望する本人や、すでに亡くなった人の家族、あるいは反対派の意見をインタビューしていく。最初は納得できなかった宮下もあるときは同意し、ある時は反感を持つ。
圧巻なのは最終章の日本である。過去に安楽死を行い罪に問われた医師たちへのインタビューは、日本人特有の死生観も相まって、合法化は難しいのではないかと感じた。死に至るまでではなくても、とにかく楽にさせてくれる薬の開発や使用方法など、考える余地はあると思う。
私自身は安楽死、あるいは自殺の幇助を合法的にしてほしいと願っている。本書を読み、考える人が増えることで、死への向かい方が変わっていくかもしれない。そうなって欲しいと切望する。(小説すばる2018・3月より転載)
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私が最初に読んだ安楽死の本はこれだった。早くから合法化されているオランダで、最後にパーティをして死の床に入った日本人女性の手記。衝撃的だった。