『広辞苑』の10年ぶりの改訂は、今年の出版業界のニュースの冒頭を飾るニュースとなりました。いくつかの間違いが即日指摘され世の中を沸かせるところも、国民的辞書だからこそという気もします。
とはいえ、この電子化の時代。紙の辞書がどの程度売れるのかについては懐疑的な思いもないわけではありません。ただ、その懸念を吹き飛ばす売れ方が続いています。その『広辞苑』はどんな人が購入しているのでしょうか?
まず読者層から見ていきます。こちらが発売以降の読者の年代別男女比です。
男性読者が6割弱、年代は60代以上が7割を占めています。この辺りは想定の範囲内。すでにデータがなくなっているため10年前の動向は見られませんが、第7版だけでなく、きっと過去には6版、5版といくつかの『広辞苑』を購入している事でしょう。
この読者が、1月以降購入した併読本も見ていきます。
銘柄名 | 著訳者名 | 出版社 | |
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1 | 『漫画君たちはどう生きるか 』 | 吉野 源三郎 | マガジンハウス |
2 | 『文藝春秋』 | 文藝春秋 | |
3 | 『週刊文春 』 | 文藝春秋 | |
4 | 『週刊新潮』 | 新潮社 | |
5 | 『広辞苑机上版』 | 新村 出 | 岩波書店 |
6 | 『剣と十字架』 | 佐伯 泰英 | 双葉社 |
7 | 『君たちはどう生きるか』 | 吉野 源三郎 | マガジンハウス |
8 | 『ラジオ英会話』 | NHK出版 | |
9 | 『日本史の内幕』 | 磯田 道史 | 中央公論新社 |
9 | 『黒澤明DVDコレクション』 | 朝日新聞出版 |
短期間のランキングなので、ほぼ1月の売り上げランキングのようになっていますが、その中でも面白かったのは5位に広辞苑の机上版が入っている事。机上版は普通版に比べると売上数は小さくなりますが、机上版の購入者の4%程度は普通版も購入されています。熱狂的ファンなのか、どのように使い分けているのか、大変気になる動向でした。
さて、では『広辞苑』読者はどんな本に注目しているのでしょうか。
『広辞苑』読者は岩波ファンも多いようで、岩波新書の赤版を毎月買っている。という方も多そうです。岩波新書の新刊との併読率はかなり高くなっています。今月の岩波新書の新刊の中でも最も売れているのがこちら。今どきマルクスとか売れるんですか?という質問が来そうですが、これがまた、売れているのです。マルクスの本格的入門書。今後注目度は上がってくるのかもしれません。
天人とは天声人語の事。その天声人語の書き手であり、新聞史上最高のコラムニストと言われたのがこの深代惇郎。2年9ヶ月という短い執筆期間にもかかわらず、読者に深い印象を残し、そして早世した深代を追ったこの本は「新聞」について考えるための1冊にもなっています。単行本時はレビューでも紹介されていますが、文庫化して手に取りやすくなりました。
岩波書店の創業は1913年。そこから100年間にわたって発行された全書目を発行順に並べたという歴史的な1冊。発行された本を記すだけではなく、出版界、世界の動きも併記されているので時代の流れも追えそうです。
『広辞苑』の購入者は他の辞書をあわせて買っていらっしゃるケースが多いのですが、中でもこの『現代用語の基礎知識』との併読は目立ちました。日本語として定着したものが入るのが広辞苑だとしたら、産まれたばかりの用語が説明されているのが『現代用語~』という事でしょうか。それぞれの記述を比べてみるのも面白そうです。
併読本の中には見つからなかったのですが、私がどうしても紹介したいのが『舟を編む』という小説です。
『舟を編む』は三浦しをんさんの小説で、辞書編纂に挑む編集者を主人公に、言葉を定着させていくことの難しさ、つらさ、楽しさを描いた名作です。辞書の裏にある職人芸を堪能する点でも非常に読みどころは多いのですが、それ以上に「途方もない時間をかけて私企業が辞書を編纂すること」の意味が胸にささりました。国家権力と切り離されたところで、携わる人間が真摯に取り組むべき事。こうやって日本語が定義されていくのか、と読んだ当時も目頭を熱くした想い出があります。
フィクションではありますが、丹念に取材された辞書作りの細部はきっとノンフィクション読者にも楽しめるはずです。
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言葉に迷ったときは「広辞苑」という人も、そうでない人も国民的辞書の動向にぜひご注目ください。