(HONZ 東えりかとのクロスレビュー:東えりかの書評はこちら)
イルカとクジラの問題について日本人としてのアカウンタビリティ(説明責任)を問う一冊だ。
捕鯨問題に対して自分なりの意見を表明できるようにすることは、日本人のアカウンタビリティと著者はいう。捕鯨への反感は日本人が想像もつかないほど広く根深く世界に浸透しているからだ。たしかに筆者も海外で経験あるが、捕鯨問題については「日本人は何をやってるんだ」と詰問されることがしばしばある。
捕鯨反対派が目の敵にする象徴的な捕鯨地、和歌山県太地町が本書の舞台である。2009年にアカデミー賞を受賞した映画『The Cove』が太地町のイルカ追い込み漁師を非難し、「野蛮な場所」とレッテルを貼ったことにより、一躍世界的に有名になった日本の小さな田舎町だ。
今でも太地町ではイルカ漁師とシーシェパードなど反捕鯨派の国際団体がいがみあっている。その様子や両社の主張を取り上げてドキュメンタリー映画化したのが元NHK女性キャスターの著者である。
映画はよくできている。ビートたけしはこう評価している。
捕鯨でも反捕鯨でもない、どっちつかずのいい映画だ!イルカ漁を巡って太地の港を右往左往する人間達のコメディ。「クジラやイルカが絶滅寸前だと議論をしているが、こんな小さな町こそ絶滅危機にある」と言うアメリカ人ジャーナリストの科白が光る。
ビートたけし
本書では、映画撮影の舞台裏なども紹介しつつ、イルカ漁師と反捕鯨団体の根源的なものの考え方を掘り下げており、映画とはまた違った楽しみを味わえる。
捕鯨反対派の急先鋒を多数輩出している欧米では、近年、動物の権利をめぐる議論が活発化している。若者の間ではビーガンやベジタリアンがクールで格好いいという風潮もうまれている。著者はこれら動物愛護派の考えの根底にあるのは1975年に出版されたピーター・シンガーの『動物の開放』と分析する。苦痛を感じる生き物に対して、人間と同じ配慮をすべきであり、種が異なることを根拠に差別するのは「種の差別」だとの主張である。
中でも、イルカ・クジラは知的で特別な動物であり「人類共有の財産」としてより保護しなくてはとの意識が強い。知的な動物はより人間に近いので保護すべきとの人間中心主義に根差したものさしだ。あらゆる生き物を人間と比較的対等とみなしてきた日本の伝統的な考え方と異なっているので、議論する上では注意が必要と著者は指摘する。
日本人はイルカ・クジラ漁を「日本の伝統文化であり他国にとやかく言われる筋合いはない」と片づけがちであり、情報を発信しなさすぎるというのが著者の憂いである。欧米人にも分かる文脈・言語で発信することの重要性を著者は強調する。日本がしかり情報発信しないからこそ、良識ある海外メディアであっても中立に報道しづらいのが実情という。日本のメディア発信のまずさであり、それを変えたいとの思いが映画製作と本書の出版につながっている。
一方で、ロジカルに説明しても、愛護派の理解を得ることは難しいとの現実も著者は指摘する。「イルカやクジラは絶滅危惧種ではないし、乱獲しているわけでもないから環境保全の違反にはあたらない」や「苦しみを軽減させるために捕殺時間の短縮に努力している」と説明しても、なかなか感情に訴える主張にはなりづらい。最後に人間を動かすのは科学的データや事実ではなく、感情だという事実に著者自身頭を悩ませる。
現在、太地町では、需要減少傾向激しいイルカ・クジラ漁に頼る生活から、徐々にイルカ・クジラを活用する観光や学術研究に軸足を移そうとしている。太地町の町長は「森浦湾鯨の海構想」を立ち上げ、太地を世界一のクジラの学術研究都市にしようと邁進している。自分たちの伝統やアイデンティティを失わず、時代に合わせてイルカ・クジラとの共存をはかっていこうとの試みである。
太地町はこれまで国際社会の目にさらされてきたからか、思索に富む発言が町民の間でなされている。太地長の教育長のコメントは多くの国際人をうならせる。
国際人とは、英語が喋れて、外国文化を受け入れ、どこの国に行っても対応できる、つまり迎合できる人だと多くの日本人が誤解をしていると思います。国際社会で認められるためには、常に日本人であることに自信を持ち、自分たちの歴史や文化をきちんと表現できることが大切なのではないでしょうか
世界的な潮流となりつつある動物愛護に対して個々人がどのような意見を持つのか考えさせられる一冊だ。徳川綱吉にも読んでもらいたかった。
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実はクジラの大ファンで、仕事引退したらクジラ博士になることを密かに狙っています(笑)
クジラはなぜ人間や船に近寄ってくることがあるのか、著者がどうやって海洋学者になったか等、大人も時間を忘れて読みふけってしまう内容が満載だ。
その他、「(クジラ編)子どもと一緒に読める」ベスト3冊はこちら。
クジラに関する知見や学説を分かりやすく紹介しているのが『クジラは海の資源か神獣か』。著者はシーシェパードから攻撃を受けてる捕鯨調査船の団長である。書評はこちら。