原書のタイトルは「Wanderlust」、旅への渇望という意味を持つ。著者レベッカ・ソルニットの代表作であり、著者自身が旅への渇望を持つ一人である。著者の名前が日本で知られるようになったのは、著作『災害ユートピア』が、2010年という運命的なタイミングで出版されたためである。
人生をかたちづくるのは、公式の出来事の隙間で起こる予期できない事件の数々だし、人生に価値を与えるのは計算を越えたものごとではないのか。田園、および都市の徒歩移動は二世期間にわたって、予期できぬことや計算できぬものを探りあてる第一の方法であり続けた。それがいまや多方面からの攻撃に曝されている
この二世期間で起こった「歩くこと」とそれがもたらしたことの歴史、そして、歩くことが置かれた不利な現状を、あらゆる分野から情報を狩猟して一冊の本としてまとめあげた。思索と歩くことの関係、歩行と文学、レジスタンスとしての歩行、庭園と迷宮、山を登ること、都市のまちあるき、夜の街を歩くこと、産業革命による変遷した歩くこと、ウォーキングマシーン、歩行と現代アート。そして、これらの豊富な話題の隙間に、著者個人の歩くことの経験と思索が挟まれた、入れ子構造となっている。
計算できないことを探りあてた代表格として紹介されるのは、数々の哲学者である。アリストテレス、カント、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン、ヘーゲルなど、それぞれの逍遥のスタイルを持ち、歩きながら哲学をした。しかし、歩くことについて考えた哲学者は多くはいない。そのなかで、ルソーは徒歩愛好家として、生涯を通じて歩き、歩くなかで、人生を大きく変えるきっかけを掴み、そして、歩くことについて哲学した。ルソーは15歳から幾度となくヨーロッパを遍歴し、生涯の終わりに書いた『孤独な散歩者の夢想』で思考と歩行の関係を鮮明に捉えた。
わたしは自分の孤独な散歩と、それを満たす夢想を忠実に記録に留めること以上に、自分の考えを実践する単純な方法を思いつくことができない
歩くことの主だった理由が思索であると考える人は珍しい部類に入るが、美しい風景を見たいという動機は自然なことであり、現在でも大勢の人が山野に足を向ける。しかし、この自然を求めて歩く嗜好はヨーロッパでは18世紀に作り出された。歩きながら風景を楽しむ系譜は、庭園散策に起源がある。庭園はフォーマルで権威的な空間だったものから、原野を再現する風景的庭園へと進化し、庭園の外の風景と区別を失っていった。そして、庭園の外の治安が安定し、道路が改良されていくと、庭園の障壁はゆっくりと溶け出した。度は庭園散策の延長となり、風景のすべてが目的地となり、歩くという遅さが風景を楽しむ旅において、美点となった。そして、徒歩旅行、登山、ハイキングへと文化は広がっていき、歩行を遮るものには抗い続けた。
いっぽう、歩くことに負の影響をもたらしたのは、郊外住宅地である。郊外では歩くことに適した市街や麗しい自然を持つ野山は失われ、自動車を基本とした移動に日常生活のスケールは変化を被った。郊外では歩きまわることは姿を消しつつあり、歩くためにジムやウォーキングマシーンにお金を払うようになった。足という動力は長い衰微の道をたどることになり、歩くことの実用性は失われたが、娯楽性のみが残った。
産業革命では身体が機械に適応せねばならず、苦痛や負傷や体の歪みなどの過酷な影響をもたらした。それに対して、トレーニング・マシーンは身体にあわせるようにしてつくられる。歴史は一度目は悲劇として、二度目は笑劇として繰り返すとはマルクスの言だが、肉体労働は一度目は生産労働として、二度目は余暇の消費活動として再来する
歩くことがメインストリームから衰退しはじめたその陰で、歩くことの身体性を主題にし芸術作品が登場し、歩くことの文化の再創造がはじまった。芸術としての歩行が、振舞いの素朴な様相への注意を呼び覚ましはじめた。そして、芸術家とも近い感性を持つ著者は歩くことの再興の兆しを、若かりしころ、反核運動で毎年足を運んだ街、ラスベガスに見出す。新しい都市の極みであるラスベガスは恒常的な渋滞により、車を降り、街を散策する人が増えていたのだ。
取り扱われる話題も、話の筋も、てんでばらばらのように感じるのだが、ばらまいた伏線を徐々に回収し、1つの精神史としてまとめあげていく筆力が見事であり、充実した読後感を得られる。歩くことに対して理想主義的なきらいがあるが、それを差し引いても、1つの読み物として充分に面白い。
人生で歩かない日はほとんどない。歩くというありふれた営みが、大きくアップデートされることは間違いない。
出版されたタイミングにより、著者の名が日本で一躍有名になった一冊 。