今年のフジロックで小沢健二とコーネリアスを観てきた。コーネリアスが今年発売したアルバム『Mellow Waves』が素晴らしくよい作品だったので、コーネリアスを最後まで観たかったのだけど、最後まで見ていると入場規制で小沢健二が観れないと思い、泣く泣く途中で切り上げ小沢健二をみにいった。その後、予想通り入場規制がかかったので、はやめに移動して正解だった。
ライブはコーネリアスも小沢健二も最高によかった。歌詞をスクリーンに映し出し、言葉をとても大事にする小沢健二と、音を突き詰め、洗練された楽曲が魅力的なコーネリアス。まったく別の2つの才能を生で見れたのはとても良い経験だった。
とのっけから本とは関係のない話をしてしまったが、ちゃんと話は本へとつながっている。フジロックに出演した小沢健二とコーネリアスの小山田圭吾。この二人は90年代にフリッパーズギターというバンドを組んでいた。そのバンドのプロデューサーをしていたのが今日紹介する本の著者のひとり牧村憲一なのだ。
フリッパーズギター以外にもシュガーベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦など、そうそうたる面々の制作や、宣伝を手掛けてきた人物である。その牧村憲一が渋谷という町で生まれた音楽の五十年史を、自らの経験をもとに語ったのがこの『渋谷音楽図鑑』である。
『渋谷音楽図鑑』であって、渋谷”系”音楽図鑑ではないことをまずは強調しておきたい。90年代に世間を席巻した渋谷系の音楽にも、第5章の渋谷系でという部分で触れてはいるが、そこはおもにフリッパーズギターに関しての話で、渋谷系を総括した音楽の話ではない。
ただフリッパーズギターのプロデューサーだけあって、フリッパーズギターに関しては結成から解散まで、とても詳しく書かれている。だからフリッパーズギターが好きな人は、そのためだけにこの本を買っても後悔はないと思う。あくまでもこの本の主題はそこではないので、渋谷系の音楽のことだけを期待していると肩透かしを食うのは間違いない。
この本は渋谷という街の歴史から、60年代はフォーク、70年代はロックとポップス、80年代は原宿にあったセントラルアパートを中心としたサロンと広告文化の話、そしてフリッパーズがいた90年代と、牧村憲一という音楽プロデューサーの目を通して、渋谷という街が生んできた数々の音楽とそのエピソードを語った本である。
吉田拓郎、はっぴいえんど、大瀧詠一、山下達郎、荒井由実、竹内まりや、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、忌野清志郎、ピチカートファイブ、フリッパーズギター、etc…と、たくさんのアーティストが本には出てくる。その人とその人がそこでつながっていたのか!というような驚きと発見がたくさんあって読んでいてとてもおもしろい。そしてその繋がりは螺旋状に連なっている。そのような都市型ポップス(≒シティポップ)の系譜がこの本を読むと一目瞭然になるのだ。
この螺旋は2010年代にもほかのアーティストたちに連なっていくのだろう。本では星野源がその中核になるというような話が出ていた。ここ最近ではSuchmosやnever young beach、個人的にお勧めのNulbarichなどシティポップが人気であるし、渋谷系をはじめとする90年代の音楽も再評価されているので、シティポップが好きな人にもこの本はおすすめしたい。
最後に、この本の共著者である藤井丈司があとがきに書いていた文章が、この本のすべてを言い表していると同時に、鳥肌が立つくらい素敵だったので少し長いけど引用をして終えよう。
開口一番牧村さんは「ねえ、僕たちが渋谷から生まれた音楽についての本を書くことになると思うんだけど……渋谷のどこでもいいから高いところ、例えば道玄坂の上の歩道橋のあたりから、渋谷って街をみたことがあるかい?」と聞いた。
なにを言い出したんだろうと思って黙っていると、牧村さんはこう切り出した。
「渋谷は坂と川と谷でできてる街なんだよ。道玄坂だろ、公園通り、それに宮益坂。三つの坂から下ったところに渋谷という谷がある。それぞれの坂で生まれた音楽があるんだよ。僕はずっと渋谷で生まれて育ってきたんだ。これから長い時間この四人で話すことになると思うけど、僕が語る話は君たちが思っているような渋谷系に関する音楽の話だけじゃない。渋谷という町が持っている歴史、時間、その下にある暗渠、上を流れる川、それぞれのことを一つ一つ話していくけど、それでいいかな?」
牧村さんはそう問いかけたのだ。
渋谷という街の歴史と音楽の歴史。2つの歴史が交差する後世に残すべき本がここに誕生した。