現在の人はかつてないほど太っている。体長を身長の二乗で割って算出されるボディマス指数での評価では、世界人口の5人に1人が肥満あるいは過剰体重となってしまうほどだ。
1900年以前には肥満者は存在はしていたものの、多くはなかった。1700年代、1800年代のヨーロッパでは肥満者は珍奇なものであり、見世物にする人もいたぐらいだ。受け入れられ方も現在とは大きく異なっていた。平均体重より重いことは豊かさを意味し、病気の際に予備的な体力を有しているものと考えられていた。それが今では肥満は自己抑制の欠如の結果だと捉えられ、むしろ数々の病気を引き起こす悪い現象、不名誉な状態であると考えられている。
それにしてもなぜ、わずか100年でそれ程の変化が起こってしまったのか。人はなぜこれほどまでに容易く太るようになってしまったのか。人の肥満に対する脆弱性はどこから来たのか。本書は、そうした疑問を中心に置き、人がなぜ、どのように肥満になるのかを生物学を筆頭にし、包括的に理解しようとする一冊である。多くの人が悩んでいるであろう”どうすれば痩せられるのか”や、”どうすれば肥満を予防できるのか”といった問題に直接的な解答を与える内容ではないけれども、その根本原理を理解せずにダイエットを強行すると問題が多いものになるだろう。
人はなぜ太りやすいのか
まずはシンプルに、概要として「肥満の増加はなぜ起こったのか?」を紹介するが、これは核心部分を引用してくれば次のようになる。『著者らの見解は、肥満の増加は、ヒトという種の適応的生物学的特性と現代という時代環境との間のミスマッチに起因するというものである。』
学術的な物言いなので補足で解説を入れていくと、第一に脂肪を体内に蓄える能力は生存する上では実に有用なものである。農耕にしろ狩りにしろ、常に食物が手に入るとは限らない。たまに多く手に入れられた時に脂肪として蓄えられれば、食物が手に入らない時の予備として用いることができる。結果として、人は脂肪を蓄えやすいものが残り、進化してきた。つまり、過去の人類において脂肪量は外部環境によって調整されてきた。いつも飯が食えるとは限らず、日々の生活の中での運動量も多い。摂取エネルギーが支出エネルギーを大きく超えることのない生活だ。
それに対して現代の人々が過ごす日常は、そうした生活とは異なる。食べるものは豊富で、得るための努力もそれほど必要ない。食品科学の発展によって食事のカロリー量は跳ね上がり、少量で大量のエネルギーを摂取できてしまう。その上、移動手段と情報の伝達手段と道具が発達し、たいして動かなくとも仕事を完結できるようになってしまった。もちろんそんな時代にあってもあまり太っていない人も多いし、身体の大きさや肥満のなりやすさに遺伝的要素が存在することもわかっているが、現在の世界的な肥満の増加は明らかに環境要因が関わっている。
近年の肥満増加の速度は、原因を遺伝的なものに帰するには速すぎる。一方でそれは、肥満増加に遺伝的要因が関与していないということではなく、現代の肥満の相当部分は遺伝的に相続されるものではないということ、もしくはヒトを肥満させやすくすることの根底に横たわる遺伝的なものが集団間に広がったことを示唆する。おそらくその両方だろう。
本質的な事実を書いておくと、肥満は摂取カロリーが消費カロリーを上回った時に発生する。要は痩せたければ1.摂取カロリーを減らすか。2.消費カロリーを増やすか。の二択しかないわけだが、現代では健康的な食物は、味が良くカロリーの高い食物に比べて手に入りづらい。運動をする機会や場所も限られており、どちらも時間とお金をかけねば得られないものになっている。『結論のひとつは、現代という世界には、肥満に至る数多くの道が存在するということだ。』
本書は、その肥満に至る道を、摂食、消化、エネルギー代謝、脂肪の生理学や内分泌学などなど様々な観点から疑問を提示し、検証してみせる。そもそも人が高エネルギー密度食物を獲得する動機を得たのはなぜなのか。安価で高カロリーな食物の需要にこたえる市場システムと、高カロリーへの脳の依存的な性質について。地域の運動娯楽施設数と肥満リスクの相関(地域にひとつでも施設があると、青年の肥満リスクが有意に低下する)など、『肥満に至る道はひとつではない。それはつまり、肥満の回避も何かひとつによって達成できるわけではないことを意味する』というように、最終的に肥満を減少させるためにも、その総合的な理解に努めていくのだ。
おわりに
人はこれまでその環境改変能力によって、それまでは容易にはなしえなかった”肥満”を簡単に達成できる環境を手に入れてしまった。しかし行き過ぎた肥満には当然ながら問題があり(病的肥満者の死亡リスクは正常な数値の人よりも1.5倍〜2倍高い)我々は再度の環境改変を迫られている。
本書は、専門性の高いところは高いが、その場合でもきちんと一から説明してくれており、前提知識があまりない状態で読み始めても問題ないだろう。本稿では紹介しなかったが、男女差による脂肪の付き方の違いなど、どの章もそれぞれ興味深いテーマが無数に並んでいる。肥満の科学に関する決定版といえるような一冊である。また、なぜ我々の身の回りに存在する加工食品の数々の基礎的な研究の多くがルーツを軍に持つことを解説した『戦争がつくった現代の食卓-軍と加工食品の知られざる関係』もおもしろかったので類書としてオススメしておく。
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